奥田英朗 『サウスバウンド』

奥田英朗の『サウスバウンド』(角川書店)を読む。

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小学6年生を主人公にした小説だが、児童書ではない。小学生の目から見た家族を描いた大人向け作品である。

小学6年生の上原二郎は東京・中野に住む食べ盛りの少年だ。彼にはちょっと変わった父親・一郎がいる。一郎は働かないで毎日家でごろごろしている。家計は母が喫茶店経営をしてやりくりしているのだ。一郎は元左翼の活動家だった。それも伝説の闘士だった。そうしたことは普通過去のこととされるものだが、そのスピリットは今も活動家のままで、国家公安委員会にもアナーキストとして名前を知られている。当然、区役所の役人や学校の先生など、公的部門に勤務する人たちが目に入ると暴れ回る。例えば、子供の修学旅行の積み立て代金は、業者が学校側と癒着して高めに設定し、学校側にはリベートが払われていると決めつけ、学校で大騒ぎする。そんな親を持った子供はたまったものではない。挙げ句の果てに父と子はある殺人事件に間接的に関与してしまい、一家は中野にいられなくなる。引っ越し先は沖縄の西表島だ。

沖縄に行くと、一郎は東京在住の時とは打って変わって労働に精を出す。働く働く。野性的になる。母は母で急に若返ってしまう。電気もない生活だが幸せである。共生の思想がある沖縄では共産主義が実現したくてもできなかった理想社会ができあがっているからだ。まるでこの世の楽園だ。しかし、この物語はこれで終わらない。父はここでも闘争を始めるのだ。島の開発をもくろむ業者と戦うのである。その勇姿を見た家族はすっかりこの父を好きになっていく。

ここまで書くと、著者が左翼の活動家を賞賛しているような内容に思えるかもしれないが、決してそうではない。左翼とは距離を置いている。また、市民活動家に対しては少女の口を借りて「要するに誰かを謝らせたいのよ。それが手っ取り早く叶うのが、正義を振りかざすことなんだと思う」と批判する。むしろ、この本の主題のひとつは、一郎の次の言葉に表されている。

「これはちがうと思ったらとことん戦え。負けてもいいから戦え。人とちがっていてもいい。孤独を恐れるな。理解者は必ずいる」

この小説のように戦えれば男子として本望だろう。

なお、西表島はこの本に書いてあるとおりの場所なのだろうか。もしその通りであって、それを新小岩転居前に知っていたら、私は新小岩でなく、西表島に引っ越していただろう。夢が膨らむ物語である。少なくとも、西表島に行ってみたくなる。

(2015年9月16日)