An die Musik 開設7周年記念 「大作曲家7人の交響曲第7番を聴く」
番外編 クレイジーケンバンドの「777」
文:青木さん
クレイジーケンバンド
777
サブスタンス/ビクター(BSCL-30018)■ クレイジーケンバンドとは?
このバンドは名前で誤解されているかもしれません。ちょっと似た名前の「ハナ肇とクレイジー・キャッツ」を思い出してください。バカなこと面白いことをしていても、メンバー個人や彼らの音楽は決してクレージーではないですよね。クレイジーケンバンド(以下CKB)も同じです。中心人物の横山剣氏(1960年生まれ)はちょっと変った性癖もお持ちのようですが・・・。
CKBについて、近田春夫氏が何かに書かれていました。「大人が我を忘れて夢中になれる」。まさにその通り。大の大人、特に音楽好きの大人の鑑賞に堪える音楽・・・いや堪えるだけには留まりません。その音楽性、バンドのキャラクターや活動内容、それらをひっくるめた「CKBが醸し出す世界観」に、すっかりハマってしまう大人が後を絶たず。なにがそこまで人をひきつけるのか?
大人向けといっても保守的なスタンダードや懐メロではなく、あくまでコンテンポラリー(同時代的)な音楽活動であるという点がポイントだと思います。これはポップ・ミュージックの最低必要条件ですから。また彼らの世界観にはいかがわしさやうさん臭さ、さらにはエロといったやんちゃな側面もたっぷりで、これがまた大人を夢中にさせるだけでなく、若者や子供にもファンが多い。ライヴに行きますと、その年齢層の幅広さに驚きます。そしてこのCKBの世界は、あきれるほど間口が広く、奥行きも深い・・・これでは「狂剣病患者」が続出するのも当然、かもしれません。
でも彼らは業界内では遅咲きのミュージシャンたちであり、いわゆる苦労人ばかりだとか。40を過ぎてようやく理想的な活動ができるようになった彼らの個性と実力と勢いに、年下のワタシも圧倒されっ放しなのです。
■ アルバム紹介
このコーナーもAn die Musikの7周年記念ということで、”777”と題されたCKBのアルバムをご紹介。2003年6月に発売された、彼らの5枚目のアルバムです。ほとんどの曲を作っている横山剣氏が自ら全曲を解説していますが、それも参考にしつつ、ワタシなりに書いてみましょう。
ジャケットにはまるでサブタイトルのように”The Sound of Yokohama-Yokosuka”とクレジットされています。CKBは地元・横浜にこだわりを持ち続けており、活動の拠点はずっと横浜ですし、歌の中にもいろんなヨコハマ・ヨコスカが出てきます。ついには横浜市のG30(ゴミの減量・リサイクル運動)のテーマソングや市立高校の校歌、横浜ベイスターズの応援歌などを手掛けるまでに。このジャケット写真ももちろん横浜ですね。
このアルバムには全部で21曲も入っていて、トータルタイムは70分を超えます。LP時代なら2枚組のボリューム。そういうCDは得てして冗長なものになりがちで、集中力が続かず最後まで聴き通すのが辛かったりするものですが、ここでは21曲中4曲の短いアイ・キャッチ(ジングル)がうまく使われて全体の構成にメリハリが付けられており、一曲ごとの個性の強さとあいまって、まったく飽きることなく聴くことができるのです。CKBのアルバムには必ず3〜4曲のジングルが入っていますが、この”777”がもっとも効果的に配置されていると思います。
1:7時77分
アルバムのタイトル曲ですね。デジタル時計などをふと見たときに同じ数字が三つ並んでいるのを吉兆と尊ぶ剣さんが、ラッキー・ナンバーの7を使ってありがた味をさらにアップさせた架空の時刻。まさに7周年記念で採りあげるのにふさわしい? オーケストラのチューニング光景で始まるあたりも” An die Musik”向きかも。曲自体はムード・ミュージック風味で始まるメロウな雰囲気で、歌詞の最後が「気分を変えてお聞き下さい、クレイジーケンバンドのニューアルバム、7・7・7」というナレーションになるのですが、これがちっとも不自然ではなく絶妙のオープニング・トラックになっているのです。
2:BRAND NEW HONDA
CKBには「女」と「車」の歌が多いのですが(「酒」の歌はない)これもその一曲。ホンダのクルマで当てのないドライヴに行き最後はクルーズという内容の、これもメロウかつ夏の清涼感溢れる楽しい曲。ハワイでホンダ車を見てその魅力にときめいたのがきっかけだとか。商品名連呼のためNHKではかかりにくい曲かも。
3:I LIKE SUSHI
曲調はクールな高速ボッサで、キラキラしたキーボードなどサウンドはオシャレなプロダクツながら、歌詞のほうは寿司屋で繰り広げられる男女の別れ話、というのが凄い。もっと凄いのは後半のアナーキーな展開で、寿司屋の場所が日本じゃなかったことも明らかになったりして、もう何がなんだか。
4:爆発!ナナハン娘
ナナハンということで歌詞カードにも7の数字が踊っており、これもアルバム・タイトルに無縁ではない曲ですね。A.C.ジョビンに「ワン・ノート・サンバ」という名曲がありますが、この曲はさしずめ「ワン・ノート・ロケンロール」とでもいうべきパンキッシュなナンバー。でも主メロディがたったの一音でできていることにはなかなか気づかないほど表情豊かな曲です。
5:赤と黒
うってかわって実にソフィストケートされたソウルフルな曲調で、エレクトリック・ピアノはちょっとだけリチャード・ティーぽい雰囲気、ドラムスはアイドリス・ムハマッド風、エンディングのギター・ソロはエリック・ゲイルそっくりといえば、分かる方にはお分かりでしょう。ところが歌詞はちっとも洗練されていない女言葉。剣さん曰く「ぴんからトリオ、殿様キングス、敏いとうとハッピー&ブルーに代表される日本の演歌/ムード歌謡の伝統芸を網羅してやっております」とのことで、まったく凄い世界です。
6:eye catch/世界にひとつのCKB
最初のジングル。ここまでのブロックはさながら第1楽章で、4曲目を除けばボッサとソウルの洗練されたサウンドでまとめられております。
7:夜のヴィブラート
ヒップホップ(バックトラックとラップ)とムード歌謡(メロディと歌詞)の融合という、CKBならではのこの大名曲で、次のブロックは幕を明けます。男女でデュエットしてますがどちらも女言葉、スナックでカラオケに嵩じる男のところに女の方が押しかけてくる・・・という内容に無機的なヒップホップのビートで、よくまあこんな曲を作れるものだと呆れます。ちなみに”777”の次に出たベスト・アルバムにはバックトラックだけバンドのカッコいい実演に置き換えたバージョンが収録されていますが、そのベスト盤はトータル・タイムが77分7秒というワケのわからないコダワリぶりです。
8:夜のヴィブラートKQ仕様
前曲にラップで参加したライムスターへのアンサー・ソング?として剣さん自身のラップによるオマケのようなトラック。しかしその内容はかつて彼自身が京浜急行電車について書いたエッセイをラップ風に早口で読んでいるだけでして、最後は棒読みになってしまうという爆笑の内容です。
9:私立探偵マヒマヒ
CKB第1ギタリスト、「ハマのギター大魔人」小野瀬雅生氏が作ったインスト曲で、アメリカのTVドラマの主題曲風という剣さんのリクエストに応えたものだとか。ホーンも入り、まさに往年のゴージャスでデラックスな雰囲気のアレンジとなっています。
10:美人(ミイン)
引き続き小野瀬雅生氏をフューチャー、彼の韓国語のヴォーカルの入ったカッコいい曲で、韓国で30年以上も前にヒットしたという曲のカヴァーです。その作者シン・ジュンヒョンは「韓国のジミ・ヘンドリックス」と呼ばれたそうで、ハードなロックなのですが、中間で突然安っぽいポンチャックの伴奏になって韓国語のセリフが入るというシュールな展開。
11:eye catch/あなたとわたしのCKB
二曲目のジングル。ここまでのパートはいろんな意味で「濃すぎる」曲が並んでいて、シンフォニーの第2楽章とはぜんぜん異なっております。
12:真夜中のストレンジャー
クールでちょっとジャジーな曲。妙にイントロが長いのは、もともとこういう雰囲気のインスト曲に影響されて作られたという経緯を想像させます。
13:涙のイタリアン・ツイスト
ドゥーワップ調のツイスト。
14:Surf Side 69
次はロックンロールで、ベースの洞口信也氏と剣さんがヴォーカルを分け合います。CKBは横山剣氏のあまりに強烈なキャラクターを、他のメンバーがこれまたユニークなキャラと卓越した演奏技術で支えており、それが奇跡的なバランスで成立しているように思われるのです。
15:パナールの島
今度はエキゾチック・サウンドというヤツで、バンドなのにバック・トラックを外部に外注したというコダワリの曲。ライヴではバンドで実演していましたが。
16:金龍酒家
軽快なシティ・ポップス(死語)に中華味を振りかけたようなナンバー。こういうのもCKBが得意なパターンです。
17:eye catch/The Sound of Yokohama Yokosuka
三曲目のジングル。ここまでの第3パートには実に多彩な楽曲が並び、ジャンルの壁などものともしないCKBの面目躍如といったところ。
18:横顔
最後のパートは、この曲をメインとしてあとはオマケ、という印象です。某有名シンガーを始め何人もの歌手に提供しようとして断られてきたといいますが、これは大変な名曲でして、結果としてCKBのレパートリーになったのは幸いだったかも。
19:ボサボサノヴァノヴァ
第2ギター新宮虎児氏の作曲風景ということで、未完成な断片といった趣き。
20:eye catch/Let's Go Crazy Ken Band
ジングル。ライヴでもよく演奏される曲ですが、「クレイジーケンバンド!」のセリフまでちゃんと再現するのがおかしい。
21:あ、やるときゃやらなきゃダメなのよ。
少し前に出たシングル曲のリミックス・ヴァージョン。
■ もう一度、クレイジーケンバンドの音楽とは?
CKBの音楽は、一時「昭和歌謡」ブームの中で語られたこともありました。たしかに「昭和にワープだ」なんて歌詞が出てくる曲もありますし、レトロな要素もいろいろ入っています。しかしそれは単なる懐古趣味ではなく、あくまで現在進行形のポップ・ミュージックの中の一要素でしかありません。
ワタシが子供の頃には「歌謡曲」というものがまだ普通にありました。これはいま考えると、戦前から続いてきた日本の流行歌の延長線上にあるもので、楽器や音階などは洋楽のものであっても、どこかでその過去を引きずっている「和モノ」の音楽だったと思います。一方でニューミュージックと呼ばれるジャンルに分類される人たちがいて、彼らはシングルよりアルバムを重視するとかテレビには出ないとか、とにかく歌謡曲とは違うというアピールを強く打ち出していましたが、サウンド的には完全にフォークやロックなどの洋楽そのものという点でも、和モノの流行歌とは一線を画していたように感じます。
さて、ポップ・ミュージックというものは本来的に同時代的かつ雑食性の音楽で、さまざまに融合したり分化したり新たな要素を取り入れたりと、常に進化し続けるものです。ところが歌謡曲はある時点でその進化を止めてしまい、ついには同時代的な流行歌としての機能を喪失しました。一方でニューミュージックと呼ばれていた音楽は着実に進化し、現在のJポップにストレートにつながっている、というとやや乱暴ですが、概ねそんな流れなのではないでしょうか。
しかし、もしも歌謡曲は歌謡曲で、演歌や音頭や小唄やナントカ節など和の流行歌のルーツを底辺に持ちつつ、ロックやフォーク、ソウルやファンク、ジャズやヒップポップ、ボサノヴァやフレンチポップス、アジア歌謡をはじめさまざまな地域のリズムやメロディーや楽器などをどんどん取り入れて進化し続けていたとしたら・・・それがクレイジーケンバンドの音楽だと思います。
しかしながら、そんな理屈はほんとはどうでもいいのかもしれません。こういう音楽が商業的に成り立っている。いまや拝金主義が蔓延している日本の音楽業界も、まだまだ捨てたものではないという気になりますね。いや、そんなこともどうでもよく、ただただ「我を忘れて夢中になれる」ことだけでシアワセなので御座います。
(2005年11月30日、An die MusikクラシックCD試聴記)