An die Musik 開設8周年記念 「大作曲家の交響曲第8番を聴く」

ドヴォルザーク篇
どこまでもミスマッチな《どぼっぱち》2題

文:松本武巳さん

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ドヴォルザーク
交響曲第8番 ト長調 作品88

CDジャケット

1.ジェイムズ・レヴァイン指揮ドレスデン国立管弦楽団
録音:1990年11,12月、1994年11月、ドレスデン
ドイツグラモフォン(国内盤 UCCG5026)

2.ラファエル・クーベリック指揮シカゴ交響楽団
録音:1966年12月8日、シカゴ
(シカゴ交響楽団自主制作盤 VOLUME16)

 

■ はじめに

 

 わが愛するドヴォルザークの第8番、通称《どぼっぱち》。逆に今回のような記念企画でしか書けそうにないことを、今回は書かせていただきたいと思います。また、もしもここで取り上げる2枚のディスクを、愛好しておられます方々がいらっしゃいましたら、An die Musik 8周年記念の文章であることに免じて、何卒お許しを乞うものです。

 

■ 究極のミスマッチ

 

 カペレの史上最大のミスマッチが、シノーポリ時代であったとか無かったとか、巷では良く話題に登ります。しかし、私は20年くらい前に、レヴァインがヨーロッパに進出して、ウィーンやベルリンと録音を重ねていた時期に残した、このドレスデン・シュターツカペレとのドヴォルザーク第8番の録音をもって、レヴァインとヨーロッパのミスマッチは語りつくせると信じています。一方で私は、個人的には、シノーポリはドレスデンでそれなりの仕事と成果を残したと思っているのです。カペレの熱烈なファンとは言いがたい私から見ますと、確かに一部の許しがたい録音とかも残されはしましたが、正当な評価をされるべき業績も、それなりに残したと思えるのです。しかし、このレヴァインとドレスデンのコンビによるドヴォルザーク(8番と9番です)は、これは一体何だったのであろうか、とすら思う迷録音だと思えてなりません。

 

■ なぜそこまで言うのか

 

 その理由は、ドレスデンのオケは、近隣の国であるチェコ出身の名作曲家であったドヴォルザークに敬意を示しつつ、ドレスデン自らは多くの録音を残しておりません。チェコとは極めて近くにあるドレスデンは、本場にあくまでも敬意を示して、多くを語らなかったのであろうと、そのように私は信じます。一方でその事実は、少なくともドヴォルザークの第8番に関しては、手中に納めたレパートリーでは無いことも同時に意味しているのです。

ところが、レヴァインは、ドレスデンのオケに、ドヴォルザークの本場ものとしての演奏を期待したのかどうかは判りませんが、オケに重要な部分の解釈を委ねてしまっていて、きちんとした細かい指示を与えておらず、一方のオケは極めて当惑しつつ演奏を続けているのですね。何ともならないしまらないドヴォルザークになってしまっていますし、それ以前に、演奏の方向性がまったく見えません。にもかかわらず、表面的なミスはほとんど無い演奏でして、正体不明の平板な演奏が延々と続きます。山も谷もなく、クライマックスも訪れません。聴いていて非常な苦痛を伴います。このディスクの存在価値は、良い音で録音され、かつ演奏のミスが少ないので、作曲か楽曲分析を専攻している学生が、アナリーゼの資料として用いるくらいしか思いつきません。

 

■ クーベリックの場合

 

  私が、クーベリックのドヴォルザークを批判する!? と驚かれておられる方が多いと思います。そこで、この録音の前提となる事実を先にお伝えしようと思います。シカゴ交響楽団の指揮者を某女流評論家によって追放されたクーベリックでしたが、シカゴの首席指揮者がジャン・マルティノンになったこと(クーベリックはマルティノンの作曲したヴァイオリン協奏曲を初演した上に録音しております)で、再びクーベリックを指揮台に復帰させたいと言う運動が、シカゴ交響楽団の内部で起こり、ようやく1966年12月に3つの公演を振ることが決まりました。そんなクーベリックのシカゴでの復帰初日の演奏が、このドヴォルザークの第8番だったのです。

 

■ 正反対の意味でのミスマッチ

 

  この演奏で、オケは大変に気合が入った演奏をしています。指揮者もまた相当入れ込んだ指揮を行っています。しかし不幸なことに、楽団員はクーベリックの人となりこそ、良く知ってはいましたが、肝心のドヴォルザークの交響曲は、第9番を除いて過去に演奏経験があまりありませんでした。実は第9番『新世界』とこの第8番は、同じドヴォルザークの後期の交響曲であるにも関わらず、意外に演奏スタイルは異なっているのです。その前提を知らないと崩壊する可能性があるのが、ドヴォルザークの第8番でして、まさにキンキンとした音色で、一気呵成に突っ走ってはいるものの、まったくドヴォルザークらしく聴こえてくれません。クーベリックも復帰が叶ったことで万感の気持ちがあったのでしょうか、とてつもなくせわしないテンポで、最後まで走ってしまっており、全曲が何と33分台で終わってしまうのです。最後に聴衆の拍手が残されていますが、どうもこの日の公演は、われらのクーベリックが戻って来てくれた、その事実だけで満足すべき事件であったようですね。従って、この録音はニュースとして捉えるべきなのかも知れません。実を言いますと、私が秘かに思っているクーベリックのミスマッチ録音は、なぜかチェコ音楽に集中して残されているのですが、上記のような場合が圧倒的に多いのかも知れませんね。

 

■ 名門オケといえども・・・

 

 今回話題に乗せたオーケストラは、ともに非常な名門であると思います。そして指揮者も有名な指揮者です。しかし、オケと指揮者の相性とか、その他いろいろな要素が絡まりあって、はじめて名演奏ができあがるのだと思います。その失敗例を二つ、私の愛する《どぼっぱち》で挙げさせていただきました。思ったままを書き綴ったため、もしも非礼がありましたら、お詫び申し上げます。

(2006年11月23日記す)

 

(2006年12月12日、An die MusikクラシックCD試聴記)