An die Musik 開設9周年記念 「大作曲家の交響曲第9番を聴く」
ショスタコーヴィチ篇
二人の40歳代指揮者によるショスタコーヴィチ/第9を聴く
文:ゆきのじょうさん
時間が時間なので、観ることができない方が多いかもしれませんが、もし時間が合えば、平日午後5:50から、NHK教育テレビをつけてみてください。再放送ですけど、その時間に「クインテット」という子供番組が放映されています。タイトル通りに五重奏団の登場人物はピアニストのみ人間で、後のヴァイオリン、トランペット、チェロ、クラリネットは下から操るパペット人形です。ショートコントなどを取り混ぜて、最後は上記の編成に編曲された古今東西の名曲を演奏して、子供に音楽の素晴らしさを伝えるという趣向です。と、ここまでなら、文字通りの子供だましなのですが、最後の演奏風景をみて、思わず身を乗り出してしまいました。人形たちは音楽に合わせてただ弾き真似をしているのは当然なのですが、その身振りが演奏に完全に同期しているのです。ヴァイオリンの運弓はもちろん、先弓、元弓の区別、トリルのときの指の動きまで、実演でもこのように弾くだろうという動きを完全に再現しています。チェロ奏者の座り方はコントラバスみたいですがやはり完全に音楽に合っており、休符で弦から弓をそっと離す仕草までやっています。管楽器は経験がないのでよく分かりませんが、クラリネットの吹ききるときの身のよじり方(?)も、さもありなんという具合です。
なんと子供じみた番組と高を括っていたのに、そこにはできるだけ完璧に表現しようというスタッフの執念が存在していたのです。
ショクタコーヴィチの第9も、完成当時はベートーヴェンの第9なみの大作を期待していた当局を嘲笑うかのような、奇妙な、こぢんまりとした曲であったため、その後紆余曲折があったのは知られているところです。私も初めて聴いたときは、「なんとまぁ、手を抜いた皮肉っぽい曲なのだろう」と思いました。でも実際に聴いていくと、見かけにだまされていたものの、実際は大変手の込んだ一筋縄ではいかない難曲だと思うようになりました。
そんな、この第9を最近、40歳代の指揮者のディスクが二枚出たので、紹介したいと思います。
ショスタコーヴィチ
交響曲第9番 変ホ長調 作品70
マーク・ウィッグルスワース指揮オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団
録音:2004年12月、スタジオMCO5、オランダ・ラジオ・テレビジョン音楽センター
スウェーデンBIS(輸入盤 BIS-SACD-1563)ウィッグルスワースは1964年英国生まれで今年43歳になります。2008年からはベルギー王立歌劇場音楽監督に就任予定の、BISレーベルが推している指揮者です。ショスタコーヴィチの交響曲シリーズは当初BBCウェールズ・ナショナル交響楽団で始めましたが、途中からオランダ放送フィルに代わっています。このディスクは第6作目になるそうです。
第一楽章から、極めて爽やかな演奏です。ショスタコーヴィチで抱きがちな晦渋さは感じられません。第二楽章の不安げな曲想も過度な思い入れはないので、身につまされることはありません。第三楽章のリズム感は実に見事でして、まったく弛緩するところがありません。そしてどんなに強奏になっても、しなやかさを失わず、刺激的なところは極力排除されているようです。第五楽章もとても洗練されており、実に聴きやすいものです。ウィッグルスワースはこの曲を純粋に音楽作品としてみた視点で指揮していると思います。テンポを余り動かさないのでちょっと聴くとヒンヤリするような冷たさも感じます。しかしBISの録音が適度な残響と、どこか温かみがあることがよい効果をもたらしていると感じます。
この曲が作られた背景や、初演後にショスタコーヴィチがどうなっていくか、という予備知識なしでこの曲を味わおうとすれば、実に最適な演奏ではないかと思います。
ショスタコーヴィチ
交響曲第9番 変ホ長調 作品70
ヤコフ・クライツベルク指揮ロシア・ナショナル管弦楽団
録音:2006年4月、DZZスタジオ、モスクワ
欧PentaTone(輸入盤 PTC5186096)クライツベルクは1959年にロシア、サンクトペテルブルク生まれ。指揮を生地で学んだ後に1976年に渡米。現在はアムステルダム・ネザーランド・フィルハーモニック管弦楽団の常任となっており、拙稿「二人の女性奏者によるブラームス/ヴァイオリン協奏曲を聴く」でフィッシャーと競演していた指揮者です。
渡米したとは言え、元々はロシア生まれの指揮者が、ロシアのオケを指揮したショスタコーヴィチです。さぞやドロドロした演奏かと思えば、重厚であるものの洗練された響きを持っています。第三楽章での金管もきれいに抜けていく奏法になっているので、ロシアというイメージはありません。
それでも、やはり自国の作品であることから思い入れはあるようです。ニュアンスも時に濃く、テンポは粘っこく動きますが、饒舌になりすぎたり、下品にはならないので、とても楽しめます。フィナーレもどっしりとした質感で押してくる演奏ですが、洗練さは失われていません。
クライツベルク盤は単独で聴いてみると、あまりロシア色が強い演奏とは言えないように感じますが、より徹底したウィッグルスワース盤を聴くと色彩の違いは歴然としています。むしろウィッグルスワース盤が、ショスタコーヴィチらしさを意図的に希薄にしていると言ってもよいでしょう。でも、いずれもこの曲の正面から向き合って、パズルを解くように演奏していることは共通していると思いますし、そこには手抜きのない真摯さがあるからこそ、魅力有るものになっているのだと思います。
(2007年12月2日、An die MusikクラシックCD試聴記)