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2010年12月

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CD2010年12月31日(金):1年を振り返って

 気がつけば2010年ももうすぐ終わりです。毎年のことですが、今年もほとんど更新らしい更新ができず、何とも情けない限りの1年でした。しかし、このページの更新頻度はともかく、クラシック音楽のCDは結構聴いていました。聴いたCDの枚数はここ数年で間違いなく最高です。ただし、春先以降に私が聴いていたのはバッハ、ベートーヴェン、ブラームスが中心です。いわゆる3大Bであります。3大Bに、今ではブラームスの代わりにブルックナーを入れる人も多いのかもしれませんが、残念ながらブルックナーはほとんど聴こうとも思いませんでした。同様にマーラー、R.シュトラウスなどにも全く触手が伸びないという珍現象です。年末に忘年会で会った80歳の先輩がマーラーとR.シュトラウスの官能性について私に熱心に語りかけて下さった際には、30歳以上も年下の私がご高齢の先輩よりも遥かに枯れているように感じられたものです。まあ、実際に枯れてしまったのかもしれませんが。

 3大Bの中でも、ブラームスには本当に熱中しました。ブラームスの曲には辛気くささや、暗くて地味な感じがあって、そのいくつかの曲を私は苦手としていました。が、それをほぼ完全に克服し、今やすっかりブラームスのファンになっています。多分私自身が辛気くさくなり、暗く、地味になったのでしょう。

 もっとも、これにはきっかけがあります。ガーディナーのブラームスが私の声楽モードを呼び覚ましてしまったのであります。

CDジャケット
  • ベートーヴェン:序曲「コリオラン」 作品62
  • ガブリエリ:サンクトゥス、ベネディクトゥス(12声)
  • シュッツ:「サウル、サウル、なぜ私を迫害するのか」SWV 415
  • バッハ:合唱「私の目は常に主に注がれています」、「主は私の足を」〜カンタータ「主よ、われは汝を求む」BWV 150より
  • ブラームス:宗教的歌曲「惜しみなく与えよ」作品30
  • ブラームス:混声8部合唱曲「祭典と記念の格言」作品109
  • ブラームス:交響曲第4番 ホ短調 作品98

ジョン・エリオット・ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク、モンテヴェルディ合唱団
録音:2008年10月5-8日、ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
SDG(輸入盤 SDG 705)

 ガーディナーがオルケストル・レヴォリューショネル・エ・ロマンティークを指揮したブラームスの交響曲シリーズは、2007年から2008年にかけて録音され、今年交響曲第4番の発売をもって完結しました。厚手の紙の立派なジャケットで、ずっしりと重量感があるパッケージです。パッケージの重量だけでなく、内容的にも充実していました。第4番が発売されるまで私は大変楽しみにしていたのですが、期待は裏切られませんでした。

 ガーディナーのブラームスは、交響曲の前後に渋い声楽曲を収録したことで、彼の嗜好が極めて明確に伝達される一方、聴き手にとっては(おそらく)一層晦渋さを増しました。欧州でも渋くて暗かった選曲が不評だったのか、CD収録曲をコンサートに乗せても空席ばかりだったという噂もあります。例えば、あの輝かしく、人生を肯定したような交響曲第1番のCDには、1曲目に「埋葬の歌」作品13という合唱曲が入っています。それが暗いのなんのって。その次にメンデルスゾーンの合唱曲「われら、人生のただ中にありて」、ブラームスの「運命の歌」作品68と続くわけです。ある意味、たまらないです。

 たまらないのですが、私は、交響曲第1番から第4番までのCDに収録された声楽曲にすっかり魅了されてしまいました。歌っているのはモンテヴェルディ合唱団です。暗くたって渋くたって、私の耳には壮麗な音楽として鳴り響き、素晴らしく聞こえてしまいます。それこそ悶絶しそうになりました。この一連の録音には「運命の歌」「運命の女神の歌」「アルト・ラプソディ」、「悲歌」などの大曲はもちろん、短い曲の数々が収録されていて私を完全にノックアウト。いやあ、私って本当に根暗な音楽ファンだったのですねえ。

 ガーディナーさん、もう自分の好き勝手にCDを作りたいのでしょう。こんな嗜好丸出しのCDを大手レーベルは出したがらないでしょうから、ガーディナーはSDRというレーベルを自らが設立しています。そこまでやらないとこうしたCDができないというのも悲しいですが、ダウンロード文化が全世界を覆う前にこんな立派なCDが残ったのは嬉しい限りです。

 ガーディナーのCDに熱中しているときにふと私の頭をよぎった曲があります。「ドイツ・レクイエム」です。もしかしたら、この曲を今なら聴けるかもしれないと思いました。実は、私はこの曲を非常に苦手としていました。一気に最後まで聴き通すのは私にとって拷問に等しかったのであります。20数年前、所属していた合唱団がライプチヒに招待された際、この曲を演奏する予定でした。私はライプチヒに行くつもりで練習を始めたのですが、練習しながらも曲にうんざりし、時には曲のつまらなさに寝てしまうことさえありました。文字通り聴くのも歌うのも嫌で嫌でたまらなかったことをはっきり覚えています。この曲があまりにも苦痛だったために結局合唱団は退団し、それっきりになっているのでした。そのくらい忌避していた、私にとってはいわく付きの曲ですが、20数年の時を超えてみるとなんだか素晴らしい曲に聞こえてくるではないですか。何と、今聴けばこの曲が身体にも心にも染み入ってくるようです。こういうことってあるのですね。そこで私は手元にあったCDはもちろん、入手出来そうなCDは片っ端から聴いて悦にいったのであります。CD鑑賞の際には20数年前に使った合唱用のスコアを引っ張り出してきて睨めっこ(ついでに歌ってしまいました)。楽譜は捨てるものではないですねえ。今なら喜んでこの曲を歌ってみたいです。

 私が聴いたCDの中ではジュリーニ盤が最も美しい演奏を聴かせてくれました。輸入盤で聴いたのですが、オリジナル・ジャケットがほしくなり、国内盤も購入してしまうほどであります。

CDジャケット

ブラームス
ドイツ・レクイエム 作品45
ソプラノ:バーバラ・ボニー
バリトン:アンドレアス・シュミット
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、ウィーン国立歌劇場合唱団
録音:1987年6月、ウィーン
DG(国内盤 UCCG-3973)

 ジュリーニはブラームスの交響曲でも大変な名演奏を聴かせていますね(SACD化を熱望しています)。「ドイツ・レクイエム」でも旋律がひたすら美しく、歌に充ち満ちています。管弦楽部分はウィーン・フィルが演奏していることが大きいのかもしれませんが、これ以上美しい演奏を望めそうにありません。ソリストの充実もプラスでした。鑑賞には1時間以上がかかる大曲ではありますが、その時間が決して無駄には流れません。今年はこの曲のおかげで充実した時間を過ごせました。

 3大Bの他にも聴いた音楽はあります。ショパンとドビュッシーでした。女房が今年30年ぶりにピアノを再開したためです。ショパンとドビュッシーのCDを女房が私の部屋に来て聴いていくので私もつき合って聴いていました。しかも、女房も聴くために、ショパンとドビュッシーのCDを購入しても叱責されないという願ってもない好待遇でした。

 女房の影響があるわけですが、ショパンにしても、ドビュッシーにしても、An die Musikを開設した頃には私に馴染みのない作曲家でした。が、今や日常的に接する作曲家になっています。学生の頃、私はドビュッシーの曲を今後深く理解することはあるまいなどと思っていたのですが、今ではアラウが弾く「ベルガマスク組曲」を聴いてそのロマンチックさに惚れ惚れするようになるわけですからおかしなものです。歳を取るにつれていろいろな音楽を受け入れ、理解できるようになったのは嬉しいです。特定の作曲家を「嫌いだ」などとわざわざ公言する方をネット上で見かけますが、そういう方も時間が経てば考えが変わる可能性があるのではないでしょうか。

 ・・・というわけで、1年が過ぎてしまいそうです。最近になって女房の右手が麻痺し、家事が全くできなくなったため、年末年始は家で安静にすることになりました。私も家事に追われる毎日です。田舎にもスキー場にも行かない年末年始は1991-1992年、私がドイツに赴任していた時以来ですが、なかなか楽しいものです。今年は女房、子供の世話をしながら年を越そうと思っています。皆様も良いお年をお迎え下さい。


 

(An die MusikクラシックCD試聴記)