「英雄の生涯」を聴きまくる

脱線CD その1 戦争音楽を聴く

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 「英雄の生涯」における戦場のシーンはいかにもそれっぽいが、「それでは生ぬるい!」という人もいるだろう。そういう人にはとっておきのCDがある。CDショップの人の話では、とてもよく売れたCDだという。ご紹介しよう。

CDジャケット

チャイコフスキー
大序曲「1812年」作品49(録音:1958年4月)
ドラティ指揮ミネアポリス響
ディームズ・テイラーの語り(録音:1958年11月)
イタリア奇想曲(1955年12月)
ベートーヴェン
ウエリントンの勝利(戦争交響曲)作品91(録音:1960年6月)
ディームズ・テイラーの語り(1960年11月)
ドラティ指揮ロンドン響
MERCURY(国内盤 434 360-2)

 MERCURYの看板指揮者の一人ドラティによる傑作CD。というより、MERCURY技術陣による傑作CDである。ドラティだって、ここまでの内容になることを事前に理解して録音をしたか、はなはだ疑問である。

 チャイコフスキーの「1812年」を愛聴しているクラシックファンはどれだけいるのだろうか? あまりいないかもしれない。この曲は構想はまことにスケール雄大だ。悲愴な感じもないわけではない。チャイコフスキーは大真面目に作曲したのだろう。CDの制作に関わった人も全て真面目に取り組んでいるはずだ。しかし、大言壮語的で少し笑える。「何だか笑えるな」などと思って聴いていると、もうまじめに聴いていられなくなる。だから、ある程度クラシックを本格的に聴き始めると、娯楽的にしか聴かなくなるのではないか。かくいう私がそうだったのである。でも、初心に帰ってみると、この曲を初めて聴いた高校生の頃、私はしばらく「1812年」に熱中していたのである。タイトルが歴史絵巻みたいでかっこよかったし、音楽も分かりやすかった。フランスとロシアの国歌が入れ替わり立ち替わり出てきて、ロシアの華々しい大勝利で終わるこの曲は、クラシックを聴き始めたばかりの私にとって最高の入門曲だったのである。だから、今になって「笑える」などと書くのは不謹慎極まりない。初心を思い出しながら、この曲を聴くべし。

 私がかつて愛聴していたのは、記憶が正確であれば、シルヴェストリ盤だったと思う。「1812年」を聴く度に家族に顰蹙を買っていた。これほど騒々しい曲はないからだ。しかし、ドラティ盤の騒々しさは、かつて私が聴いていた?シルヴェストリ盤を遙かに上回っていると思う。何といっても本物の大砲の音が大量に収録されているうえ、大勝利を祝う鐘も由緒正しいものが使われている。大編成オーケストラにブラスバンドを加え、さらに大砲と鐘の音が織りなす一大スペクタクルは「すごい!」としか言いようがない。最近の録音では本物の大砲ではなく電子音が使われているが、良質な録音で知られたMERCURYはどうしても本物の大砲を使いたかったのだろう。苦労に苦労を重ねてこの録音を完成させている。CDを聴いていると、「スピーカーが壊れはしまいか?」と不安になりそうなすさまじい音が聞こえてくる。騒々しくて困りものだが、聴いていて楽しい! これだけの録音であれば、楽しく鑑賞できるだろう。大体、音楽を難しく考える必要はないのだ。音だけを楽しむことだってできるし、壮大な歴史絵巻なのだから、これくらいやっても、チャイコフスキーに怒られることはないだろう。MERCURYはこの録音が完成したのがよほど嬉しかったらしく、ディームズ・テイラーさんという人にメイキング・オブ・1812年を語らせている。まるでTOEICに出てくるような英語なので一聴の価値あり。その語りにも、最初と最後に大砲の音がドンドンドーンと入っている。CDの出来映えによほどご満悦だったに違いない。

 また、ベートーヴェンの「戦争交響曲」には大砲の音だけではなく、マスケット銃の音が盛大に収録されている。「戦争交響曲」はベートーヴェンが書いた数少ない駄作といわれているが、このCDで聴くと演奏効果抜群。当時この曲が聴衆から圧倒的支持を得た人気曲であったことがよく分かる(この曲のメイキング...も収録されている)。

 「1812年」と「戦争交響曲」に挟まれた「イタリア奇想曲」であるが、騒々しい2曲の前ですっかり霞んでしまった。が、これだけを取り出して聴いてみても実に充実した演奏だ。ロンドン響は上手いし、ドラティのテンポや生き生きとしたリズム感がたまらない。

 

付録:戦争と音楽

 

 「1812年」に関して。1812年5月、ナポレオンは大軍を編成。大陸封鎖令を破ったロシアに、20以上の民族からなる70万の大軍を送り込んだ。ナポレオンはロシアを甘く見ていた。短期決戦で可能と思っていたのである。実際のところ、はじめは楽勝だった。フランス軍は大規模な抵抗を受けることなく、9月14日にモスクワまで侵攻する。ナポレオンは、モスクワまで来れば、ロシアが屈服し、フランスの覇権を認めるだろうと考えていた。が、期待はいとも簡単に裏切られた。モスクワに入ったナポレオンに伺候するロシア貴族は現れなかった(ぽつねんと来客を待つナポレオンを、トルストイの「戦争と平和」は完全に茶化している)。ロシアはしぶとい。モスクワ市民は貴族から庶民に至るまで、さっさと首都を明け渡し、逃げてしまう。そうこうしているうちにナポレオンは初雪を見る。どこからともしれない出火と迫りつつある冬将軍の足音に怯えたナポレオンは、ついに撤退を決意。10月19日、モスクワを後にする。

 ここからは全く惨めである。冬支度をしてこなかったフランス兵に冬の厳しさが襲いかかってくる。さらにロシア軍がゲリラ攻撃を繰り返し、瞬く間にロシア軍は疲弊してくる。フランス軍は食料を現地調達するつもりであったから、食料も尽きていた。勝利者であったはずのフランス軍は、まともな会戦を行うこともできず、ロシアの軍隊、農民によるゲリラ攻撃に悩まされ、途方に暮れる。落伍者、逃亡者も続出する。11月下旬、ロシア軍の追撃の中でベレジナ川を渡り終えたときには70万の大軍は3万人弱となっていたという。フランス軍は惨めな敗残の軍隊になり、飢えと寒さで自滅していたのである。ナポレオンは這々の体でパリに戻るが、パリまで戻ったフランス軍はわずか3,000人といわれている。

 以上のように、ナポレオンのロシア遠征はヨーロッパ大陸をまたぐ大規模なものであった。ロシア軍は最後には勝利を収めるわけだから、チャイコフスキーの「1812年」においても、鐘がガランガラン打ち鳴らされ、祝砲がぶっ放されるのである。が、私はチャイコフスキーの曲を聴くと、フランスが勝っているようにしか聞こえなかった頃がある。というのは、「ラ・マルセイユ」はもともと革命ソングだから勇壮だし、この旋律が流れると、圧倒的な兵力にものをいわせたフランスがロシアを完全に蹂躙しているように聞こえてくるのだ。ロシア国教はもの悲しくて、勇壮な勝利の音楽にはなりにくかったのだろうか。弦楽器による下降音型が延々と続いた後、無理矢理ロシア軍の勝利がとってつけられたように感じてしまう。私は初めて聴いた頃から、「1812年はちょっと変だ」と思っていた。今もそうである。フランスが勝利者に聞こえて困る。15分程度で壮大な叙事詩を書くのはやはり無理なのだろうか。ロシア人はこの曲をどう思って聴いているのだろうか?

 現在残っている戦争関係のクラシック音楽はチャイコフスキーの「1812年」とベートーヴェンの「戦争交響曲」が有名で、その他は瞬時には思い出せない。描き切るのが難しいのだろうか? ヨーロッパであれば、面白い題材はたくさん転がっているのだが...。例えば、交響詩「ハンニバル」などというテーマで作曲したら、とてつもなく面白い音楽になりそうだし、大序曲「トゥール・ポアティエ」などという曲があっても良いはずだ。しかし、そんな曲が作られたという話は聞いたこともない。多分、悲惨な戦争のことなど、みんな忘れてしまいたいからだろう。「ハンニバル」という名前を聞いてイタリア人が喜ぶわけではないし、いろいろと敷居が高い世界なのかもしれない。

 

2000年7月6日、An die MusikクラシックCD試聴記