「英雄の生涯」を聴きまくる
第1回 フリッツ・ライナーで聴くシカゴ響

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CDジャケット

R.シュトラウス
交響詩「英雄の生涯」作品40
録音:1954年3月6日
交響詩「ドン・ファン」作品20
録音:1960年2月6日
フリッツ・ライナー指揮シカゴ響
RCA(輸入盤 RCD1-5408)

 何度もジャケットを変えて発売される不朽の名盤。それこそ、一般家庭に「普及」するまで再発されるかもしれない。

 フリッツ・ライナーは1953年から63年までシカゴ響の首席指揮者を務め、その間にR.シュトラウスの主要な管弦楽曲をほとんど録音している。ライナーはR.シュトラウスを十八番にしていた。それは、ライナーが1914年から21年のシュターツカペレ・ドレスデン在任中、R.シュトラウス本人と親交を持ったことによる。

 ライナーは伝説の人である。ドレスデン時代はどうだったかよく分からないが、アメリカ時代のライナーは練習が厳しすぎ、楽員に恐れられたという。しかし、その結果としてシカゴ響は世界有数の名人オケになっている。シカゴ響といえば、私の世代ではショルティの印象が強烈である。レコード会社も、「ショルティの時代になってシカゴ響が黄金時代を迎えた」ような宣伝をしていたと記憶している。が、どうもそうではなく、ライナー時代には既にとてつもないレベルに達していたようだ。ショルティ&シカゴ響の録音が音楽ファンから少しずつ忘れ去られていくような気がするのと対照的に、ライナー&シカゴ響の録音は何度も何度も再発され、売り上げを伸ばしているように思えてならない。

 さて、「英雄の生涯」である。ライナー盤は鬼のように恐い指揮者の独裁振りを反映してか、鋼鉄の軍隊による進軍を思わせる。このような硬派スタイルのスタイルの英雄の生涯の中でも、ライナー盤は他を断然引き離している。全体的には、この曲の持つゴージャスさよりも力感に重点を置いた演奏で、きりりと引き締まったシカゴ響のサウンドが、手に汗握る戦場でのバトルを聴かせてくれる。好みにもよると思うが、私は最初にこのCDに出くわしてしまったら、他の演奏が聴けなくなって困るのではないかと思う。徹頭徹尾隙がない。恐るべきことは、硬軟の両刀使いであることだ。力で攻めるだけでもなく、ソロ・バイオリンによる「英雄の伴侶」も聴かせるし、「英雄の引退と完成」も感動的だ。オケの力量が高いとどのような表現も可能になってしまう。「英雄の引退と完成」では弱音でつぶやくように現れるホルンとその弦楽器の掛け合い(融合)が絶妙である。

 それだけではない。この演奏はスタジオ録音とはとても思えない熱気を孕んでいる。録音データが正しければ、1954年3月6日の1日だけで収録されていることになるが、一発取りをしたとしか思えない怒濤の進軍なのである。ラッパの吹き方を聴いても、休み休み録音したとはとても考えられない猛烈さである。ほとんどつんのめるような吹きぶりはライブの興奮をそのまま伝える。

 ライナーによるこの演奏は、軟弱な「英雄の生涯」など寄せ付けないのは無論のこと、絢爛豪華な「英雄の生涯」を聴いた後でも圧倒される。そもそもライナーがシカゴ響の首席指揮者になったのは53年で、「英雄の生涯」が録音されたのは翌54年だから、就任間もないはずだ。なのに、ライナーは独裁者になりきっている。音楽に民主主義など要らないというのはEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグの有名な言葉だが、全くそのとおりだ。キリキリオケを絞り上げて、結果的にこれほどの超絶的演奏を成し遂げられるのであれば、ファンとしては言うことなしである。

 音質的にも問題がない。54年の録音ではあるが立派なステレオ録音だし、音質的にも最新録音に引けを取らない。RCAもそれを売りのひとつにしている。CDの解説にはご丁寧にも楽器配置についてのコメントがある。それによれば、ライナーとシカゴ響の初録音であった「英雄の生涯」では対抗配置となっているが、60年の「ドン・ファン」では、バイオリンが左、チェロが右という通常の配置になっているという。なぜこんなことを書いているかというと、RCAのステレオ技術を理解させたかったためだろう。「英雄の生涯」を聴いていると、各楽器の配置が手に取るように分かる。バイオリンが右手と左手に分かれ、ビオラが中央右手、チェロが中央左手、チェロの後方にコントラバスが配置されているのは勿論、木管楽器、金管楽器の配置まで明瞭に聴き取れる。しかも音場は左右に拡がり、雄大なスケール感を感じさせる。54年は、まだステレオは実験段階だったと思うが、当時の先進企業であったRCAは、いち早くステレオ技術を取り入れ、見事な録音を行っていたのである。ここまではっきり分離するステレオは、生の音とはやや趣を異にするとはいえ、やはり立派なものだ。この録音技術をもってライナーにR.シュトラウスを録音させたのだから、RCAのプロデューサーは本当に目が高い。このCDを聴けば、おそらくライナー・マニアになる人が現れるのではないか?

 

2000年6月27日、An die MusikクラシックCD試聴記