シューリヒトのブルクナー交響曲第5番を聴く

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CDジャケット

ブルックナー
交響曲第5番変ロ長調
シューリヒト指揮ウィーンフィル
録音:1963年2月24日、ウィーン・ムジークフェラインザール
DG(輸入盤 435 332-2)

 シューリヒトといえば、真っ先に思い浮かぶのが、EMIにウィーンフィルを指揮して録音したブルックナーの交響曲第9番である。それは、クラシック音楽ファンなら、ほとんど条件反射的に結びつく強烈な組み合わせである。しかし、このライブ盤を知ってしまうと、よりいっそうシューリヒトをブルックナー演奏と結びつけたくなる。このCDを初めて聴いたとき、私はその類例のない構成力と、ゴツゴツと角張った風貌にたちまち魅せられてしまった。

 録音はモノラルで行われているが、ステレオと聞き違えそうなほど高音質で、金管楽器の音色が前面に押し出されている。ものすごい迫力だ。木管楽器も音が痩せていないし、弦楽器も厚みのある重厚なサウンドを聴かせてくれる。ここまで録音状態がよく、演奏が超絶的なモノラル盤は、そう聴けるものではない。ORF(オーストリア放送局)は、ムジークフェラインの録音ポイントを完全に押さえた録音をし、その収録テープも細心の注意を払って保存していたのだろう。クラシック音楽の録音の中でもトップ1%に入る歴史的録音だと私は考えている。

 演奏の最大の特徴は、シューリヒトの大胆不敵な音楽作りにあると思う。シューリヒトはテンポを自由自在に動かし、ひとときも聴衆が気をそらすことを許してくれない。徐行運転をしていたかと思えば、突然の疾走が待ち受けていたりする。強弱の変化も激しい。全く油断のならない指揮ぶりだ。これではさしものウィーンフィルも、本気で演奏せざるを得なかっただろう。指揮者とオケが丁々発止と奮戦する様が目の前に浮かんでくる。もちろん、天下のウィーンフィルがシューリヒトの大胆なテンポの変更、極端なダイナミックスの付加、そして本番に突然現れた表情漬けに尻込みするはずもなく、堂々と妙技を披露しているのだ。ウィーンフィルの音色は、ここでは決して洗練されて聞こえないのも面白い。オケと指揮者は、それこそ荒削りな奔放さを披露しながら、音楽の核心だけをついていく。特にすさまじいのが金管セクションで、録音のせいか、豪快に轟音をたてながら迫ってくる。金管セクションの各声部はそれぞれくっきりと浮かび上がってくるのも一興。それをじっと耳で追っていると、それだけで忘我の世界に達してしまうのである。この演奏は、指揮者の大胆さ、オケの豪快さに浸っているうちに、あっという間に終楽章のコーダに突入する。金管楽器が唸りをあげつつ、朗々と最後のコラールを演奏する瞬間は、鳥肌が立つほどである。オーケストラというものが、これほど完全な有機体になって音楽を奏でられることを知ると、それだけで深い感銘を受ける。ちなみに、演奏時間はたっぷり77分費やしている。が、長さはまるで感じない。演奏のスピード感は他の録音を寄せ付けない。これだけのスピードを感じさせるブル5の録音は、私のCD棚にはない。ライブ録音を聴くからには、こうでなくては。これほどライブ演奏の醍醐味を味わわせてくれる録音は貴重であろう。

 このCDが、演奏よし、録音よしの大名盤であることは間違いないだろう。残念なのは、このCDが生産中止であることだ。DGはウィーンフィル150周年記念にこのCDを発売したきり、再発はしていないようだ。どこかの店で残っていたら迷わずに買うことを私は強くお勧めする。ブルックナーが嫌いな人でも、この大胆不敵なシューリヒト盤を聴けば、きっとブルックナーファンになると私は確信している。

 

2000年11月9日、An die MusikクラシックCD試聴記