リマスタリングの驚異
最近驚異的なCDがグラモフォンから発売された。もうご存知かと思うが、あまりに衝撃的だったので試聴記を書かずにはいられない。
ブルックナー
交響曲第8番ハ短調
録音:1963年1月
ワーグナー
「ローエングリン」第1幕への前奏曲
ジークフリート牧歌
「パルジファル」第1幕への前奏曲
録音:1962年11月
クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘンフィル
DG(輸入盤 289 471 211-2)ブルックナーの大作、交響曲第8番の中でも最もスケール雄大な演奏として知られるクナッパーツブッシュの有名な録音が、何とドイツ・グラモフォンから発売された。原盤はもちろんWESTMINSTERである。WESTMINSTERの録音としては、つい数年前にVictorが原盤を丁寧に復刻したCDを発売したばかりであった。ブルックナーファン、あるいはクナファンなら必ず所有しているCDだろう。以下のCDである。
ブルックナー
交響曲第8番ハ短調
録音:1963年1月
クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘンフィル
WESTMINSTER(国内盤 MVCW-14001/2)このVictorによる復刻盤が出る以前、私が持っていたのはMCA CLASSICSからDOUBLE DECKERシリーズのひとつとして発売されていたCDであった。クナのブル8と言えば、ミュンヘンフィルを指揮したこの演奏が大変有名だったが、DOUBLE DECKERシリーズの音はお世辞にも良いとはいえなかった。ジャケットも冴えなかった。それがVictorによって復刻されたときはかなりの音質改善があったので、多くのブルックナーファンが恩恵を受けたはずだ。オリジナルジャケットで発売されたのも嬉しかった。しかも、この復刻シリーズには立派な解説がついていて、国内盤かくあるべしと思わせるに十分だった(このブル8では「オペラ御殿」のミン吉さんがメインの解説を担当している)。
しかし、今回恐る恐る聴いてみたグラモフォンのOIBIによるリマスタリングは、Victorの復刻を圧倒的に上回るものだ。正直言って、同じ録音を聴いているとはとても思えないのである。信じがたいことだが、第1楽章から聴き始め、「はて? こんな演奏だったかな?」と思うことしきりだった。実は、私はVictorの復刻でも完全に満足はしていなかった。まだ音がダンゴになっていたりするし、金管楽器の音も分厚いカーテンを目の前に立てて聴いているようなもどかしさが残っていた。ティンパニの音もポコンポコンといかにも鄙びたような音であった。実際、鄙びた感触がこの演奏のポイントだとさえ私は思っていた。
が、DGのリマスタリングは、音の鮮度、立ち上がりが全く違う。若干ダンゴになるところがないでもないが、ほとんど許容範囲で、各楽器の音が大迫力で全面に飛び出してくる。楽器間の分離が良くなると、かえって音が薄くなって迫力のない音になるのに(注*)、このリマスタリングではそのようなことがない。極めつけはティンパニで、鄙びているどころか、パーンと小気味よく響きのがはっきり聞こえる。これが同じ原盤からのリマスタリングなのだろうか? 一体どのような技術を使うとこのようなサウンドに作り変えられるのだろうか? 全く謎である。リマスタリングとは何か? 我々が常々聴いている「音」とは何か? さらに演奏に対する評価がこの「音」でどれほど左右されるのか、このCDを聴いていると深く考えさせられる。
(注*)EMIのart方式によるリマスタリングでは音がシャープになる分、痩せたようになり、音の迫力が失われることがあった。
ともあれ、世紀の名演奏が迫真の音で、しかもステレオの優秀な音で聴けるようになったのはとても嬉しい。今年、このような嬉しい思いをできるとは思ってもみなかった。ブルックナーファン、クナファンでこのCDをまだ聴いていない人は、早くCDショップに走るべし!
2001年7月15日、An die MusikクラシックCD試聴記