バンベルク響の思い出
かつて仕事で忙殺されていた頃、たまには生でクラシック音楽を聴きたいと思った私はやっとのことでスケジュールを調整し、バンベルク響のコンサートに出かけたことがある。多分、1988年あたりだったと思う。当時のバンベルク響はホルスト・シュタインの指揮でブラームス・チクルスをやっていて、私が入手したのは、ピアノ協奏曲第2番と交響曲第4番のコンサートであった。場所は多分、サントリーホールだったと思う。ピアノのソリストは覚えていない。ピアノ協奏曲はつまらない演奏だったので、眠くて仕方がなかった(注:この来日は1990年で、ピアニストはレオンスカヤだとこの記事をアップした後判明)。
ところが、後半の交響曲第4番が大変な演奏だった。第1楽章の入りからブラームスの哀愁の世界へ連れていかれ、第1楽章の終わる頃には胸がつぶれるような思いをした。ブラームスどころか、クラシックのコンサートを聴きにいってあれほど深く感動した日は他にない。私にとって完璧な演奏だった。技術的にも、ブラームスの寂寥感の再現という意味でも。
終演後、会場は万雷の拍手に包まれた。私と同じように演奏に歓喜した聴衆は、舞台からオケと指揮者が完全に消えた後も熱狂的な拍手をし続け、指揮者ホルスト・シュタインがひとりで舞台に登場してきた。そこで何が起こったか。まだまだ興奮の絶頂にある聴衆は、ホルスト・シュタインの元に殺到したのである。あの、ホルスト・シュタインの元にである。デコッパチ頭で、いかにも不気味でスター路線からはほど遠いところにいるホルスト・シュタインだったが、私はそれ以来風貌は音楽鑑賞には関係がないとつくづく思い知らされた。
しばらくして、新聞紙上でホルスト・シュタイン指揮バンベルク響によるブラームス・チクルスが大変な成功に終わったことが報じられた。私の記憶によれば、新聞には「交響曲はそのままCD化してもおかしくはない」と記載されていた。もしかしたらそのうちにこの組み合わせによるブラームスのCDが登場するのではないか、と私は鶴首した。・・・・・・この願いは何と、10年も経過した後に実現したのである。
ブラームス
交響曲全集
ホルスト・シュタイン指揮バンベルク響
録音:交響曲第1,4番は1997年9月、第2,3番は1997年7月。バンベルク、ヨーゼフ・カイルベルトザールにおけるライブ録音
KOCH CLASSICS(輸入盤 3-1640-2)ホルスト・シュタインは1985年から96年までの10年間バンベルク響の首席指揮者を努めた。離任する際、バンベルク響はシュタインに終身名誉指揮者の称号を送っている。相性が良かったのだろう。このブラームス全集はそのシュタインの生誕70年を記念して作られたという。オケと指揮者の幸せな関係が彷彿とされる。
さて、このCDを聴いてみると、私が昔聴いたとおり、「回顧するブラームス」が出てきて面白い。情に流れすぎる演奏を好まない人はたくさんいると思うが、私にとって回顧しないブラームスはやはり物足りない。そうした回顧する?演奏に録音もマッチしており、しっとりした肌合いの音になっている。いわゆる素人が好む「ステキな音」だ。このあたりがこの全集に対する評価の分かれ目になっていると思う。
面白いのは、シュタインは情緒纏綿型演奏を狙って、テンポを大きく動かしたりしているわけではなさそうだ、ということである。第1番の演奏に顕著だが、意外にもシュタインは木訥・実直にイン・テンポを守っている向きもある。その結果、第4楽章などはズンドコ節になっていてけっこうおかしい(第2番の第4楽章も同様)。ただし、誤解のないように申しあげるが、そういう点を含めて私はこのCDを深く愛している。バンベルクというドイツ南部の本当に小さな町に、このようなオケがあり、CDでは実直に演奏したブラームスが聴ける。極東の素人音楽ファンはそれを有り難いことだ、と真剣に思っている。
2002年1月14日、An die MusikクラシックCD試聴記