秋の夜長にモーツァルトを聴く
ディヴェルティメント K.563 聴き比べ
秋の夜長になると必ず聴きたくなる曲がある。エアコンの音に邪魔されることもなく、静かになった夜更けに聴く音楽。モーツァルトのディヴェルティメント 変ホ長調 K.563 こそその曲だ。私はこの曲が、もしかしたらモーツァルトの最高傑作のひとつに数えられるのではないかと思っている。曲想はモーツァルトふうの明るさがあまりなく、むしろしっとりとした情感に満たされている。編成がバイオリン、ビオラ、チェロの3本とやや変則的ではあるが、それぞれの楽器が絡み合いながら音楽が生まれていくのを聴くのは最高の贅沢である。
ところが、私の知る限りこの曲のCDは驚くほど少ない。一体なぜなのだろうか? 私はかねてからこの曲のCDをチェックしているのだが、地方都市にいるせいかCDの枚数はいっこうに増えない。これほどの名曲がなぜ録音されないのか不思議で不思議で仕方がない。この曲の愛好家が増えてくれば録音も増えるのだろう。そうした想いも込めて*簡単な*聴き比べをしてみたい。が、あろうことか、意識して集めているのに、以下の5種類しか私は持ち合わせていない(T_T)。他のCDをお持ちの方はぜひご紹介願いたい。
以下、録音年順に並べてある。
モーツァルト
ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
グリュミオー・トリオ
録音:1967年6月2-6日、アムステルダム・コンセルトヘボウ
PHILIPS(国内盤 PHCP-9642)この曲の古典的名盤らしい。というより昔はこれしか選択肢がなかったのではないかと私は思っている。グリュミオー率いるトリオが暖かい演奏を聴かせる。グリュミオーの熱心なファンに叱られるかもしれないが、予想よりあか抜けないスタイルである。どうも家庭内で和気藹々と演奏している雰囲気が漂う。その意味ではこの曲に合った演奏スタイルともいえる。また、録音は60年代後半に行われているものの、会場が良かったのか音が実にみずみずしい。余談であるが、このCDには「バイオリンとビオラのための二重奏曲ト長調 K.423」及び「バイオリンとビオラのための二重奏曲 変ロ長調 K.424」が収録されている。演奏のノリはこのデュオの方が優れている。
モーツァルト
ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団
録音:1979年2月、ウィーン
DECCA(国内盤 POCL-4254)「ウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団」といっても、この曲はトリオなので、フルメンバーではなく、第2バイオリンが欠けている。実際のメンバーは、バイオリン:ライナー・キュッヒル、 ビオラ:ヨーゼフ・シュタール、チェロ:フランツ・バルトロマイである。これはもし手に入るのであればぜひとも耳を傾けたいCDだ。演奏の切れ味が鋭いとか、特殊な解釈を加えているとかいった点は見られないのだが、大変安定した響きの中で演奏されている。チェロの深々とした音がバイオリンとビオラを支えているのが如実に聴き取れる(何となくDECCAだなあ、と思わせる)。この演奏の良さは安定感の中に何ともいえぬ薫りがあることだろう。演奏団体がウィーンゆかりだからなどという安直な表現はしたくないが、どうしてもこの時代の演奏や音を聴くと私はウィーンを感じてしまう。これは「パブロフの犬」状態なのだと認識はしているが。なお、このCDには「弦楽四重奏団第16番変ホ長調 K.428」も収録されている。
モーツァルト
ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
バイオリン:ギドン・クレーメル
ビオラ:キム・カシュカシアン
チェロ:ヨーヨー・マ
録音:1984年3月1,2,3日、ニューヨーク
SONY CLASSICAL(国内盤 32DC 563)かつて「私が選ぶ名曲名盤」のモーツァルトの項でもこのCDを私は紹介していた。実は、このCDが最も入手しやすいからである。演奏も期待の名手を揃えているため素晴らしい。手堅いなどという域を完全に超えた名手たちによる音楽の饗宴を楽しめるだろう。演奏はここに挙げた5種のうちでは最も切れ味鋭い。私はしばしばこのCDを聴き、高度な室内楽演奏の世界に酔いしれる。ただ、このCDの音にはちょっと癖があるのではないかと最近になって思うようになった。RCAスタジオで録音されたとあるが、残響が多すぎないだろうか? もしリマスタリングされたらすぐ買い直したい。
ところで、結婚したら、女房がこのCDを持っていたのには驚いた。このような珍しい曲のCDをどうしてクラシックを聴きもしない女房が持っていたのだろうか? 私の知らない何かがあるのだろうか? 夫婦間にはこのような謎があったほうがお互いいいのかもしれない(・・・かな?)。
モーツァルト
ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
ラルキブデリ
録音:1990年5月30日-6月2日、オランダ・ハーレム
SONY CLASSICAL(輸入盤 SK 46497)ビルスマ(チェロ)率いるラルキブデリによる古楽器による演奏。古楽器だからといって演奏が古くさいわけではもちろんなく(^^ゞ、逆に全5種の中ではこの演奏が最も生彩に富んでいる。驚くべきは第1楽章で、他の演奏では聴くことができない、飛び跳ねるような弾き方が頻出する。面白さでは抜群のCDである。この演奏を始めに知ってしまうと、これがスタンダードになりかねないので注意が必要かも。ただし、こんな面白い演奏を聴き逃す手はない。このCDを聴いた後、ラルキブデリのCDに注目するようになるのではないかと思う。
モーツァルト
ディヴェルティメント 変ホ長調 K.563
レオポルド弦楽三重奏団
録音:2000年11月23-25日
hyperion(輸入盤 CDA67246)私が所有する最新録音盤。知らない団体だったが、迷わずに購入。が、最新録音のわりには特色があまりない。模範的といえばこれこそ模範的な演奏といえるだろう。そのうちにまた聴き方が変わるかもしれない。なお、このCDには「バイオリンとビオラのための二重奏曲 変ロ長調 K.424」が収録されている。
(2002年9月18日、An die MusikクラシックCD試聴記)