熱狂的なベートーヴェン

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CDジャケット

ベートーヴェン
「エグモント」序曲作品84
ピアノ協奏曲第3番ハ短調作品37
ピアノ演奏ギレリス
交響曲第5番ハ短調作品67
セル指揮ウィーンフィル
録音:1969年 ORFEO

 このCDはどうやら各地で馬鹿売れしているようだ。オルフェオのCDとしてもかなり売れた方にはいると思う。輸入盤で買っても安くはないのに、山積みされたCDがどんどん減ってきている。クラシックCDが売れない売れないと大騒ぎする中で、この売れ方は珍しい。

 売れる理由は簡単で、組み合わせも演奏もとても面白いからだ。

 まずは組み合わせ。あのセルがウィーンフィルを演奏、しかもザルツブルクでのライブ。ピアノ協奏曲はギレリスが独奏している。これだけでも十分商品価値があるのに、演奏がすごい。ベートーヴェンの5番ががまさに白熱のライブなのだ。もちろん、エグモントもピアノ協奏曲も面白いのだが、5番があまりにも燃える演奏なので驚いてしまう。そもそもこの曲は構成が堅固だし、盛り上がるようにできているから、よほど凡庸な演奏を聴かない限りけっこう興奮するものだが、セルの演奏は破天荒とも言うべき豪快さだ。クリーブランドで緻密な演奏をしまくってヨーロッパに負けないオケを作り上げたセルはひとたびヨーロッパに戻るや普段の鬱憤みたいなものを爆発させてしまったのではないだろうか? アメリカでの演奏活動を詳しく知っているわけではないので何ともいえないが、ここまでの燃え方は普通でない。あのセルさん、どうしちゃったのかと訝ってしまう。

 しかし、それはリスナーにとってはいいことだ。別にパッチワークでできたおとなしい演奏を聴きたいなんて考えている人はそうそういないはずだ。私もこの曲を聴いてこんなに興奮してしまったのは久しぶりだった。あんまり面白くて、しばらく毎日聴いていたのだが、何と、毎日興奮してしまった。猿並みの自分をさらけ出すようなので全く恥ずかしい話なのだが、これほど耳にタコができるくらい聴き慣れた曲を演奏してかくも熱狂させるとはすさまじい。指揮者が燃えただけではこうはならない。ウィーンフィルもこの大指揮者の放つオーラに触発されてしまったのだろう。第4楽章の後半は手に汗握ること間違いなし。

 なお、オルフェオのCDはモノラルが多いがこれはちゃんとしたステレオで、音質はライブ録音としては最上だろう。

 

 

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
交響曲第5番変ロ長調
ケンペ指揮ミュンヘンフィル
録音:1975,76年 ACANTA

 タワーレコードの広告を見ると、あのケンペのブルックナー・ロマンティックと5番が限定発売と出ている。しかもこの機会を逃すともう今後はかなり入手困難になるから、急いで(?)買えとある。克己心がまるでない私はすかさず入手してしまった。

 2曲のうち有名なのはこの5番の方で、私が高校の時から名盤の誉れ高かった。が、10年ほど前オリジナルジャケットで出ているのを一度だけ見たことがあるだけで、その後どこにも見あたらなくなった幻の演奏である。

 感想。これは今までのどの演奏とも違った不思議な演奏だ。かなりゆったりとしたテンポを取っているが、それだからって変わっているわけではない。弱音が多用されているというのもそれだけでは変わっているとはいえない。いろいろな要素が複雑に絡み合っている。淡々とした表情というのも特徴なのだが、それでいて雄大そのものだ。またブルックナーに求められる渋い音色、寂寥感、ダイナミズム、輝きが不思議な調和を見せている。

 特筆すべきは、巨匠ぶった表情付けが全くないのに生まれてくる音楽が実に堂々としていることだ。全曲は巨人のゆっくりとした歩みを見るが如しで、呆気にとられているうちに終わってしまう。今まで数多くのブル5を聴いてきたが、こんな演奏が他にあっただろうか。ケンペは職人的な指揮者だったらしいが、おそらくはそうだったのだろうと思う。今でこそミュンヘンフィルはブルックナー演奏で有名だが、これはケンペの卓越した指揮がなければできない演奏だろう。いくらスタジオ録音だからって、ここまで持っていくのは並大抵の手腕ではないと思う。

 こんな演奏がなぜ埋もれたままになっていたのかいまだに不思議なのだが、このうえはもう一つの幻、ケンペがチューリッヒ・トーンハレ管と入れたブル8が復刻されないものか、鶴首する次第である。

 なお、ここに収められているロマンティックは5番に比べればまだ常識的な演奏といえる。テンポも普通だし、上記ブル5と違って輝かしい演奏といって良い。5番が普通でないだけに印象が薄くなるのだが、それでもブルックナー演奏としては見事なものなので追記しておきたい。おそらく一般的にはロマンティックの方が受けがいいのではないかとも思う。2枚組で2,390円だった。本当になくなってしまうらしいから、ブルックナーファンはこの機会に買っておく方がよいのでは?

 

1998年11月3日、An die MusikクラシックCD試聴記