チャイコフスキー
ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35
ショスタコーヴィッチ
ヴァイオリン協奏曲イ短調作品99
ヴァイオリン演奏五嶋みどり
アバド指揮ベルリンフィル
録音:95,97年 SONY
五嶋みどり。実は呼び捨てにしたくないのだが、他の演奏家との公平性を考えて、あえて呼び捨てにする。彼女は私が尊敬する日本人である。天才であるからという理由だけではない。このうら若い女性の生き方がすばらしいと思うからだ。ご存じの方も多いと思うが、彼女は92年5月に「みどり教育財団」を設立、無料で小学校や病院などを回ってレクチャーコンサートを行っている。みどりは1971年生まれであるから、わずか21才でこのような活動を開始したわけだ。普通ではできないことだ。その年齢の私はまだ親のすねをかじるただの小僧であった。
かつてテレビでみどりの活動の模様と、このCDに収録されているチャイコのコンチェルトが同時に放送されたが、それはクラシック音楽をコンサートに行くお金がなくて行けないという恵まれない子供たちに聴かせたいというみどりの思いがひしひしと伝わってくる充実した内容であった。
そんな私の尊敬する五嶋みどりが演奏するCDだからもちろん買わずにはいられない。
さて、演奏についてなのだが...。これまでの書きぶりでもおわかりかもしれないが、私は音楽を聴く前に人間としての五嶋みどりが好きなので平常心では聴けない!これは困った!このチャイコフスキーが始まると、いくら天才とはいえあの小さな体でアバド指揮のベルリンフィルを相手に堂々と演奏する姿を思い出してしまい目頭が熱くなってくるのである。このような聴き方に問題があるのは承知している。私が聴いているのは音楽ではなくて、「人」になってしまっているからだ。これはどうすればいいのだろうか?
仕方ないので、心を鬼にして演奏について書くことにする。実はこのチャイコ、テレビで見た時もそう思ったのだが、どうも洗練されすぎている。ちょっと線が細い感じも拭えない。この曲はかつてハンスリックが「臭ってきそうな曲だ」とこき下ろしたことで知られているのだが、実はハンスリックは正しくこの曲を把握している。さすがというしかない。私も、ちょっと言い過ぎかもしれないが、まさに「臭ってきそうな演歌」がこの曲だと理解している。だが、これはどうもそういう演奏ではない。高度な技巧と洗練さが売り物のみどりのヴァイオリンだが、ここでは裏目に出たような気がする。伴奏を勤めるアバドも「臭ってきそうな」演奏はまずしない人だろうから、このようになったのだろうが、私としてはやや物足りない。
しかし、しかしである。このあとに収録されているショスタコを聴くと、そんな不満は飛んで行ってしまう!演奏、録音ともにこちらの方が明らかにいい。
ショスタコの曲は相変わらず暗く圧迫感のあるイントロで始まるのだが、みどりの技巧とベルリンフィルの完璧な伴奏が見事にマッチしていてすばらしい。第4楽章まであるこの曲のどこをとっても生々しい生命力が宿っていて、みどりの艶やかなヴァイオリンの音色と高度な技術を堪能できる。これは名演だ。
このCDを買う人はまず間違いなくチャイコを目当てにしていると思うが、このショスタコを聴くべし。メインはショスタコだと思っても間違いではなかろう。静寂の中に展開される鬼気迫るすごい演奏が聴ける!やっぱりみどり、ほれぼれするねえ! |