セルの演奏に卒倒する

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CDジャケット

R.シュトラウス
交響詩「ドン・キホーテ」作品35
チェロ演奏:ピエール・フルニエ
録音:1960年
ホルン協奏曲第1番変ホ長調作品11
ホルン演奏:マイロン・ブルーム
交響詩「ドンファン」作品20
セル指揮クリーブランド管
録音:1961年
SONY(輸入盤 MHK 63123)

 紙ジャケットによるMasterworks Heritageシリーズの1枚。このCDを見るまで、私はセルがR.シュトラウスのホルン協奏曲を録音していたことを知らなかった。「これは聴かねば」と思い、さっそく買って聴いてみた。ソリストはクリーブランド管の首席奏者であったマイロン・ブルーム。さすがにうまい。大変逞しいホルンで、豪快にホルンを鳴らしきっている。もう少しで割れてしまうのではないかと思うほど力強いホルンである。セルの指揮もいつになく活気を帯びている...。

 そう思って私はその後、このCDに収録されている他の曲は聴かずにいた。それからしばらくたった先日、寝る前にこのCDをヘッドホンで最初から聴き始め、私は文字通り仰天してしまった。曲目はR.シュトラウスの「ドン・キホーテ」。セルの録音の中でも名盤の誉れ高いものだ。もちろん、以前にも聴いている。が、昔はそんなにすごい演奏だとは思わなかった。おそらくは私の理解不足のせいだろう。セルの名前はクラシック音楽の世界で燦然と輝いているが、私はCDを聴いて失望したことが多々ある。精緻な演奏をすることは知っていたが、他に面白みがあまりないと思っていた。ドボルザークの8番などはごく例外的な演奏なのではないかと考えていたのである。

 しかし、改めて聴いてみると、この指揮者の精緻さは、全く桁外れである。こんなに精妙な演奏が、本当に人間の手で行いうるのであろうか? 仮にこの録音がスタジオでのパッチワークによるものだとしても、信じがたいほどの精妙さだ。個々の団員の技術が優秀であることはいうまでもない。すごいのはその団員を統率するセルだ。精緻な演奏といっても機械的な演奏をさせているのではなく、セルは音楽に鮮やかな表情付けを行っている。それこそフレーズのひとつひとつがきらめくばかりの輝きを放っている。「ドン・キホーテ」という大作はご存知のとおり主題と、それに基づく10の変奏曲および終曲によって構成されているが、セルはひとつひとつの変奏を巧みに描き分け、また変奏曲の中でも千変万化の表情をつけている。そのバランス感覚は並はずれたものがあり、最強音でもデリカシーに富んだ柔らかな響きを作り出し、最弱音には深い想いが込められているように感じられる。指揮者というのはここまで完璧にオケを統率できるのだろうか? これではソリストとして録音に参加したチェロの大家フルニエまで、セルの楽器の一部になったような雰囲気だ。何度も繰り返すが、ここまで緻密に演奏されるというのは驚きである。やろうと思っても演奏者側に高い技術がなければできないし、技術があったとして、指揮者のやりたいことを説明し、理解させ、徹底させるという難問が待っている。セルは長くクリーブランド管の常任指揮者の地位にあったから、団員はセルがどんな音楽観を持ち、どのような演奏をしたいのかある程度は分かっていただろう。しかし、それでもなお、演奏する曲目によって表現したい内容も変わってくるはずだ。それをこのように完全に音にしてしまうというのは人間業ではないのではないか。セルが今この演奏を聴き直したら何と言うだろうか。まさか「不満足である」とは言わないであろう。とてつもない指揮者だ。かつて私はこの指揮者の何を聴いてきたのであろうか。

 なお、音質的にはあまり評価が高くなかったセルの録音だが、今回のMasterworks Heritageシリーズではマスターテープからきちんとリマスタリングを行っているとみられ、非常にすばらしい音質でこの名演奏を聴ける。また、この紙ジャケットシリーズは解説も優れているうえ、値段も安く(輸入盤で1,400円ほど)、お買い得である。特にこのCDの解説は面白い。ホルン奏者のマイロン・ブルームによるセルのエピソードは実に面白い。ここで紹介するのはもったいないので、是非CDを買ってからご一読ありたい。

 

1999年12月15日、An die MusikクラシックCD試聴記