隣町のオケを聴く その3
クルト・マズア

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前編

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第9番ニ短調
マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
録音:1975年
BMG(輸入盤 GD 69236)

 「輸入盤」と表記したが、実はこのCDはドイツで購入したものである。しかも、私のものではない。珍しくも、クラシックをほとんど聴かない女房さんの所有物なのである。かつてドイツ駐在員をしていた女房さんは、愛する彼氏(うふふ。私のことです)が熱中するブルックナーを自分も知りたいと思ってこのCDを買ってきたらしい。なぜマズアのCDを選んだのか、理由はよく分からない。女房さん、今や買ったことさえ忘れている。試聴の結果は、女房さんの期待に反していたようだ。その後、女房さんはクラシックの中でもブルックナーだけは毛嫌いするようになってしまった。

 しかし、その原因がマズアのせいだとはいえない。今度は私の予想に反して、このCDは結構面白い。いわゆる自然体のブルックナーではなく、マズアによる浪花節的演奏で、あちこちにコブシが入っている。おそらくマズアは長大なこの曲を演奏するに際し、何とか演奏効果を上げようと、必死に努力したのではないか。思い切ったテンポの揺らぎや強力なダイナミックスのオンパレードとなる第1、第2楽章は全く飽きることがない。峻厳な表情にも事欠かないし、マズアの音楽作りを十分楽しめる。

 第3楽章ではさすがにそのような演奏スタイルが通用しないためにマズアも手こずったようだ。ブラックホールの底に吸い寄せられていくような錯覚を覚えさせる深遠な第3楽章は浪花節では演奏しきれない。この楽章をマズアはやや持て余しているような気がする。

 もっとも、全体的には面白い演奏だ。もしこの演奏をライブでやっていれば、聴衆は拍手喝采を贈ったに違いない。ただし、オーソドックスなスタイルによる自然体のブルックナーを好む聴き手には若干違和感が残る可能性もある。そこは趣味の問題だろう。

 さて、オケの出来はどうか。

 前回(ボンガルツ指揮のブルックナー交響曲第6番)に比べて特に技術面での進歩が大きいとは思えない。もちろん、スタジオ録音であるから、著しい破綻があるわけではない。何となく乾いたような音響はそのままだ。録音場所は音響の良さで知られるドレスデンのルカ教会だというのに...。金管楽器群はここではとげとげしくはなく、ホルンセクションなどかなり頑張ってソフトな響きを作り出している。おおかたは力演だと思う。しかし、重要な役割を果たし続けるトランペット・ソロは苦しそうだ。もしかしたらマズアの指示によるものかもしれないが、金管セクションの中にトランペットの音が沈み込み、悪く言えば、音がかき消されている。そのようなトランペットにはめったにお目にかからないので、不安になってしまう。

 1970年から始まるマズアの時代に、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管は低迷する。どうしようもなかったのかもしれない。資金的にも苦しく、良い楽器を買えなかったともいわれている。しかし、楽器のことを割り引いて考えても技術の低下は激しそうだ。マズアは必死にオケを統率したのだろうが、トレーナーとしては少し物足りない人だったのかもしれない。少なくとも、このCDを聴いてマズア指揮のゲヴァントハウス管の音色を好きになる人はいないだろう。私は、オケとしての特色が、マズアの時代にはどんどん希薄になってくるような気がしてならない。マズアは四半世紀にわたり、ゲヴァントハウス管を指揮したが、オケの歴史的栄光とは裏腹に技術面の低下をまざまざと見せつけられる羽目に陥った。その意味では哀れな指揮者だ。オケを維持することの難しさを痛感させる指揮者である。

 

後編

CDジャケット

ベートーヴェン
ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品61
ヴァイオリン:カール・ズスケ
マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
録音:不詳
BERLIN Classics(輸入盤 0093092BC)

 どういうわけか、録音年月がこのCDの解説には記載されていない。デジタル録音で、しかも、録音場所は1981年に完成した新ゲヴァントハウスで行われているから、80年代であることは確かだろう(二次資料によれば87年録音らしい)。

 このCDは録音がすばらしい。音量を上げても決してうるさくならず、かといって大手レーベルのCDに多く見られるような、各楽器の音がバラバラに聞こえる奇妙なミキシング処理も施されていない。実に好ましい録音だ。旧ドイツ・シャルプラッテン社はデジタル移行が最も遅れたレーベルだったが、私はそれを大変好ましいと思っていた。アナログの良さを認め、むやみに新技術に走ることなく、優れた演奏の優れた録音を出し続けた同社の姿勢を私は高く評価していた。現実的には資金繰りが厳しくて、デジタル機器を買えなかったからではないかと思ってはいたのだが(^^ゞ、こうしてデジタル録音による優れた音質のCDを聴くと、アナログ録音で培った技術が上手に活かされていることにほっとする(ついでにいうと、旧ドイツ・シャルプラッテン社のLPやCDはジャケットデザインは質素ではあったが、センスが良かった)。

 さて、このベートーヴェンは驚くほど晴朗な演奏だ。壮大さや雄渾さとは無縁の演奏で、不純物がまるで介在しない澄み切った音楽を聴かせる。もともとベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は祈りに満ちた曲だから、男性的なパワーを感じさせることはあまりない。しかし、それでもベートーヴェンらしく立派な風格を見せつける演奏もあるのに、ここではその気配すら感じられない。オケの音はいつになく艶やかに聞こえる。乾いた感じなどしない。また、少しは重量感もあるようだ。特色に乏しいといえば全くそのとおりになるのだが、このような清らかなベートーヴェンはそれだけで価値がある。他に類例が思いつかない。少なくとも、CDでこの演奏が残されたことは実にすばらしい。

 この協奏曲でソロを担当するズスケは1934年生まれで、旧東ドイツの逸材である。1977年以降はゲヴァントハウス管のコンサートマスターとして活躍する一方、ベルリン弦楽四重奏団を結成し、室内楽の分野でも優れた業績を残している。中でも、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲集はズスケの面目躍如たる傑作で、みずみずしく清新な音楽に思わず頭を垂れてしまう。ズスケは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲で見せた音楽作りをここでは協奏曲に適用したのではないか?あの後期弦楽四重奏曲の名演奏を知っている私としては、マズアとの協奏曲演奏においては完全にズスケがリーダーシップを取り、マズアは唯々諾々とズスケに従ったように思えてならない。おそらくそうだろう。

 気になるのはオケに独自のカラーがなくなってしまっていることだ。このCDにおける演奏スタイルが独自の味付けや濃い音色の表出を拒否しているのは確かだが、やや蒸留水にも似た特色のないオケになっているように聞こえる。もしかしたら私の気のせいかもしれないが、どうなのだろう。

 なお、このCDにはマズアの指揮法のお師匠様だったボンガルツ指揮による小品が3曲収録されている。曲目等は以下のとおり。

ベートーヴェン
ボンガルツ指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管
録音:不詳(1971年頃か?)

  • ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第1番ト長調作品40
  • ヴァイオリンと管弦楽のためのロマンス第2番ヘ長調作品50
  • ヴァイオリン協奏曲ハ長調Wo5(断章)
 

1999年12月20日、An die MusikクラシックCD試聴記