マタチッチを聴く

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CDジャケット

ブルックナー
交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
録音:1954年
序曲ト短調
マタチッチ指揮フィルハーモニア管
録音:1956年
TESTAMENT(輸入盤 SBT1050)

 この名盤はどうやら国内盤では出ていないようだ。少なくとも私は見たことがない。EMIはレコードの歴史を背負っていると言っても過言ではないレーベルである。優れた録音が山ほどある。しかし、それを正当に評価し切れていないのではないかと思う。この録音にしても、日本のDENONあたりが原盤を入手していれば、それこそ大々的なセールスをしているはずである。もったいないことだ。

 マタチッチという人は最晩年に日本で神様のように崇められた人である。日本人は老人を有り難がるという習性があるが、マタチッチの場合は老人だから人気があったわけではなく、豪快なブルックナーをたびたび実演で聴かせてくれたからである。CDで聴く演奏もいい。DENONから出ているブルックナーはどれも必聴だ。が、このEMI(TESTAMENT)盤は不当にもほとんど無視されているような状態ではないだろうか。

 このブルックナーはすごい。マタチッチらしく豪快で、逞しく、大きく盛り上がる。どこにも緩みがないのはもちろん、音楽の持つ巨大なエネルギーの放射がすばらしい。特徴的なのはマタチッチがレーヴェ&シャルクの改訂版を使っていることだ。この改訂版ではスケルツォが70小節、フィナーレが5小節カットされているほか、至る所でオーケストレーションが変更されている。すぐ聴き分けられるのはティンパニーである。他の版では見られないティンパニーの「どかどかどろろぉぉぉぉん」という響きが笑えてしまうほど沢山出てくる。おそらく実演でこれを聴けば、その効果は言語を絶したに違いない。

 オケの音もすごい。デニス・ブレインがホルンを吹いているのだから当たり前なのだが、ホルンセクションは◎だ。全盛期のフィルハーモニア管の腕前というのはモノラルであっても呆れるほどすばらしい。また、ブルックナーに理想的な音を出していることも特筆しなければならない。この録音を聴いてまさかイギリスのオケが演奏していると思う人はよくよくいないだろう。指揮者の要求にオケが完全に対応していたのであろう。オケも指揮者も優秀でなければ、こうはいかない。

 本当は、私はブルックナーの版の問題にはあまり立ち入りたくないのだが、ちょっとだけ。レーヴェやシャルクによる改訂版は改悪版と見なされていると思うが、些細な問題だと思う。版によって演奏の善し悪しが決められるわけではないからである。ハース版を使っているからといっても間延びして10分も聴いていられないような演奏が多い。改訂版が悪いということは決してなく、演奏の善し悪しは版の問題を遥かに超えて、指揮者の善し悪しにかかってくる。事実、このレーヴェ&シャルク改訂版を使った演奏にはあのクナッパーツブッシュの録音がある(1955年録音)。このページは「Syuzo's Homepage」の鈴木さんも見ている可能性があるので、クナのCDとの比較などというおそれ多いことはできないが、ブルックナー指揮者として誰もがその実力を認めていた二人が改訂版を使って、しかも同時期に録音したことは特筆に値する。

 ところで、このCDには大変充実した解説が付いている。録音の背景がつまびらかにされていて実に面白いのでご紹介したい。「ロマンティック」の録音を考えついたのは他ならぬウォルター・レッグであった。レッグは自らが創設したスーパーオケであるフィルハーモニア管でこの曲を何とか録音しようと指揮者を物色。しかし、フルトヴェングラーは他界し、カラヤンは8番と9番しかレパートリーでなかった。やむなく、55歳の無名の指揮者マタチッチを選んだ。結果的にはこのような大名演が生まれたわけだから、レッグの慧眼たるや恐るべし!となるところだが、セールスはさんざんだったようだ。理由はふたつある。まず、対抗馬としてクナッパーツブッシュ指揮ウィーンフィルの録音がDECCAから登場したこと。知名度でまず勝ち目がない。次に、LPの仕様。この話には私もたまげたのだが、何と2枚組となったLPは全部で4面あるが、「ロマンティック」はうち3面を使い、残り1面は何も収録せずに発売したらしい。今から考えてもかなり異様な仕様である。対抗馬であるクナのLPも2枚組であったが、第4面にはワーグナーの「ジークフリート牧歌」を収録していたという。これではどうにもならない。後年、少しはセールスを伸ばそうと、第4面に入れる曲を録音した。それがこのCDに入っている「序曲ト短調」であるという。

 なお、録音について。「ロマンティック」はモノラルで、「序曲ト短調」がステレオ。しかし、「ロマンティック」の録音は今聴いても大変優れている。極めて鮮明で分離も良く、次々と楽器が重なってくる場面では壮観な感じがする。全く迫力十分の音だ。また、第1楽章ではラッパがとちっているがそれを修正せずに商品化したところを見ると、一発取りだったのかもしれない。ライブの雰囲気さえ味わえる最高の演奏といえる。

 

1999年4月19日、An die MusikクラシックCD試聴記