トスカニーニのライブを聴く
モーツァルト: 「魔笛」序曲
ハイドン: 交響曲第99番変ホ長調
R.シュトラウス: 交響詩「英雄の生涯」
リハーサル〜「魔笛」序曲
トスカニーニ指揮NBC響
録音:1941年
NAXOS(輸入盤 8.110820)880円CD。1941年2月1日の放送用ライブが音源である。
私はメインの「英雄の生涯」に惹かれて買ってきた。トスカニーニの「英雄の生涯」は他にもあるのだろうか? トスカニーニのレパートリーは広範であるが、それでも「英雄の生涯」は珍しいと思う。不勉強なので良く知らないのだが、もしかしたらこれだけなのかもしれない。
さて、結果から言ってしまうと、この「英雄の生涯」は少し期待はずれである。トスカニーニ・ファンの読者から罵詈雑言を浴びせかけられそうだが、カラヤン(85年盤)を初めとした優れた「英雄の生涯」を山ほど聴いてきた後では、何となく物足りない。おそらくトスカニーニ&NBC響に対する期待が大きすぎるからなのだと思う。悪い演奏では決してないが、大騒ぎするほどでもないだろう。
しかし、このCDはたとえ「英雄の生涯」が入っていなかったとしても十分価値がある。「魔笛」序曲と、ハイドンの交響曲第99番がトスカニーニの最高の姿を映し出しているからである。特に前者はいい。わずか6分の序曲が充実しきっている。大変速いテンポで演奏されるのに、ただ速いわけではない。エネルギーが凝縮されていて音楽が火の玉のように燃えさかってくる。NBC響の腕前もこの序曲だけでよく分かる。これぞトスカニーニの至芸と思わせる見事な「魔笛」だ。魔笛ならぬ魔法の音楽とでも言ってしまいたい。この演奏を一度聴いてしまえば、強烈なリズム、歌うメロディーが頭から離れなくなる。モーツァルトもびっくりするだろう。
次のハイドン。交響曲第99番は愛称が付いていない地味な曲だが、ハイドン最晩年に書かれた曲だけに、非常な名曲となっている。両端楽章が急速なテンポを基底にして作られているが、聴き所はやはり第2楽章のAdagioだろう。トスカニーニの演奏は素晴らしくみずみずしい。トスカニーニはカンタービレの指揮者だから、この楽章では溢れるばかりの叙情性を発揮している。次から次へと現れる木管楽器のフレーズが美しい。そのフレーズの受け渡しを聴いていると幸せな気分に浸ってしまう。音楽とは何と素晴らしいものであろうか。「魔笛」序曲とこの交響曲第99番だけでこのCDのモトは完全に取れる。それどころか有り余るほどのおつりが来るはずだ。
CDではこの次に「英雄の生涯」が続く。考えてみれば、全部ドイツ・オーストリア系の音楽によるプログラムである。演奏が行われたのは1941年2月1日だから、ヨーロッパ大陸では第2次世界大戦の真っ最中。アメリカが大戦に参戦するのは41年末であるから、この時点ではこうした音楽はアメリカにとって「敵性音楽」ではない。だが、歴史的には重要な時期だ。トスカニーニは1937年から54年までアメリカでNBC響を振り続けた。その期間のかなりの部分は戦争の影を落とした時期に当たる。トスカニーニは枢軸国のイタリア出身であり、プログラムは悪の帝国ナチス・ドイツの音楽。こうした音楽を戦争とは別物と割り切っていたわけだから、アメリカという国はスケールがでかい。録音時期を見るとそんなことを考えてしまうのだが、音楽を聴く限り、トスカニーニは音楽だけに没入していたようだ。
なお、「英雄の生涯」の後に「魔笛」序曲のリハーサルが3分ほど収録されている。イタリア語と英語が混じっていてよく聞き取れないのだが、トスカニーニさん、どう聞いても怒っているようにしか思われない話しぶりだ。おそらく怒っているわけではなく、これがいつものスタイルなのだろうが、ちょっとコワイ。NBC響のメンバーはよく萎縮しないで演奏できたものだ。
最後に録音について。古い演奏だが、ノイズは全く気にならないほど除去されていて、非常に聴きやすい。ノイズが除去されていると、音楽成分まで失われていると心配されることが多いが、このCDの場合気にもならなかった。私のように普通の装置で聴いている人にはまず問題にならないだろう。
1999年8月9日、An die MusikクラシックCD試聴記