父クライバーの真価
ベートーヴェン
交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
エーリッヒ・クライバー指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管
録音:1953年 DECCAエーリッヒの真価は、このCDに収録されている2曲だけで十分に分かる。指揮者は超一流。オケは当時絶頂期を迎えていたコンセルトヘボウ。録音はDECCA。望みうる最高の組み合わせだ。
第5番:エーリッヒ・クライバーの面目躍如たる精悍な演奏。エネルギーの固まりが突進していくような趣がある。クレンペラーのベートーヴェンと違い、激しく魂を揺り動かされる演奏ではないが、父クライバーの燃えさかる熱気の前に、聴き手は唖然としてしまうだろう。全曲は31分で駆け抜けていく。かなりのスピードだ。のんびり聴いているわけにはいかない。
冒頭の「運命の動機」から聴き手を驚かすような激しさだ。クライバーは古典的な曲ほどハイテンポでぐいぐい突き進む音楽を展開するらしいが、ここでもそうだ。かなり速い。が、そのハイテンポが単に軽快に感じられない。真っ赤に燃えながら進んでいく音楽が軽快なわけがない。第1楽章では冒頭の動機だけでなく、クライバーの仕掛けが爆発しているところが散見され、まさに驚きの連続。オケの響きが最高に輝いているのも特筆すべきだ。モノラル録音でもほれぼれするような音色。特にホルン。次の「田園」でもそうなのだが、非常に太く、そして張りのある音で、重要なポイントで鳴り響き、この演奏をひときわ際だたせている。こういう演奏を聴くと、いかに当時このオケが充実していたか如実に分かる。
第2楽章では分厚い弦楽器の動きに驚く。ある程度は録音の魔術も影響しているのだろうが、それにしても信じがたいほどの厚みだ。それがまるで生き物のように這い回り、低声部を支える。第3楽章からはもっとすごい。ホルンの音に痺れているのもつかの間、切れ味鋭い弦楽器群がざわざわと一斉に動き出す。全く壮観である。こんな弦セクションは現在どのオケにもないのではないか? もちろん第4楽章に入るとクライバーは目映いまでの音楽を作り出す。オケがクライバーの棒に見事に反応し、要所要所で芸当を見せてくれる。全編が父クライバーの音楽だ。ほかの誰のものとも似ていない。恐るべきエネルギーの放射にただ唖然。
第6番:さすがにこの曲になるとエネルギーの放射というわけにもいくまいし、最初の2楽章までは木管楽器の音色を存分に楽しめるのだが、インパクトは「運命」ほど強くはないな、と思って聴いていると、クライバーにまんまと騙される。この演奏、さすがに名盤といわれるだけあって一筋縄ではいかない。第3楽章からは異様なほどの熱気を孕んでくる。聴いていると思わず背筋を伸ばしたくなるほどだ。音楽はどんどん加速してくる。息つく暇さえないほどのスピードだ。クライバーはそのまま重厚な弦楽器群を思い切りドライブしまくるものだから、聴いているとただ圧倒される。よくもこんな曲芸のような演奏ができたものだ。オケは全く乱れずについていく。クライバーは第3楽章で作り出したその緊張感を伴ったまま猛烈なスピードで第4楽章の「嵐」につき進むのだが、これまたダイナミックだ。今の指揮者では恥ずかしくて、あるいは自信が持てなくてここまではできないと思う。これがライブであれば、聴衆は呆気にとられ、目を丸くしたであろう。しかも第5楽章に入っても、「田園」がほのぼのとしてこない。余りに激しい緊張を強いたせいか、聴き手がついていけないのかもしれない。クライバーはここでもオケをキリキリまとめて鳴らし切っている。もううっとりとするほど美しいオケの響きが全開。コンセルトヘボウを堪能してしまう。
このエーリッヒ・クライバーの「田園」は古くから名盤の誉れ高いが、こんな演奏をずっと聴いていたオールドファンは今の音楽ファンよりずっと幸せだったと私は思う。いくら録音技術が発達し、鮮明なステレオ録音が可能になっても、こんな燃焼度の高いベートーヴェンは現代では聴くすべもない。
1999年1月11日、An die MusikクラシックCD試聴記