バルビローリの沈潜するマーラー

ホームページ WHAT'S NEW? CD試聴記


 
CDジャケット

マーラー
交響曲第3番ニ短調
バルビローリ指揮ハレ管
メゾソプラノ:カースティン・マイアー
録音:1969年 BBC LEGENDS

 昨年末、BBC LEGENDSシリーズが出て、その未発表ライブ録音に狂喜乱舞した人も多いだろうが、私もその一人だ。カーゾン&アマデウス四重奏団のブラームスなど、ライブらしい熱気溢れる非常な名演だった。これからもこうしたすごい録音が多数発売されるという。やはりヨーロッパ各地の放送局に優れた音源が眠っているのだ。この際だからメーカーはつまらなくて売れない新譜を出すのを止めて、放送音源の発掘をし、古い演奏家達の良質のライブ録音を発表したらいいのではないか。

 もっとも、このマーラーはライブではないようだ。CDのどこにもライブとは書いていないし、聴衆のノイズもない(指揮者のうなり声はあるが)。ただ、この大曲の録音が1969年5月3日だけで行われていることを考えると、おそらくは一発取りのような形で収録されたのではないかと思われる。事実、演奏のキズが修正されずに残っている。多少のキズがあっても、こうした真に迫った演奏を聴いていると気にならなくなるものだから、下手な修正をしないでくれたのは嬉しい。

 演奏はバルビローリファンだけでなく、すべての音楽ファンへの福音と呼べるもの。バルビローリが深くマーラーの暗闇に沈潜している。ただでさえ長いこの曲の無数のフレーズを極めて息の長いフレージングで歌い切っている。おもちゃ箱の中にごちゃごちゃ放り込まれた音楽の素材はどれも突発的に浮き上がることなく、マーラーの闇の世界から浮かび上がり、そして消えて行く。はったりや、虚仮威しはもちろんなく、壮大でもない。それでいて、聴き手はマーラーの奥深い世界へ吸い込まれてしまう。まるでブラックホールのような演奏だ。活きのいい指揮者ならあちこちで派手な仕掛けを爆発させ、聴き手を退屈させないようにするのだろうが、バルビローリはただひたすら自分の求めるマーラーの世界に没入してしまっているから、外面的、皮相的効果など考える余地もなかったのだろう。第6楽章の最後の瞬間に至るまで、闇の世界が支配している。暗めなのは事実だ。だが、その世界の何と耽美的で美しいことか。マーラーの音楽がこれほど深い次元で表現されるとは全く驚きである。

 ところで、このCDの解説には、バルビローリ指揮によるマーラーの第3番がもうひとつあると明記してある。簡単にご紹介したい。

 

 

CDジャケット

マーラー
交響曲第3番ニ短調
聖ヘドヴィッヒ大聖堂合唱団等
メゾソプラノ:ルクレチア・ウェスト
バルビローリ指揮ベルリンフィル
録音:1969年
交響曲第2番ハ短調「復活」
バルビローリ指揮シュトゥットガルト放送響
録音:1970年 ARKADIA

 こちらは正真正銘のライブ録音で、聴衆のノイズが散見される。BBC LEGENDSのマーラーは1969年5月3日録音だったが、ARKADIA盤は69年3月8日録音。微妙な表現の違いがあるとはいえ、2ヶ月も離れていない録音であるから、解釈に大きな違いはない。ライブ録音でも沈思黙考し、マーラーの闇に深く沈み込んでいくバルビローリのスタイルは変わらない。というより、ライブゆえ、より徹底しているようだ。フレージングはより息が長くなっていて、演奏時間も結果的にさらに長くなっている。ベルリンフィルも好演している。録音したのはカラヤンの下で冷たく機械のような演奏をしていた時期でありながら、オケがバルビローリの指揮に触発されたのか、生々しい人間の血の通った音を出している。本当にしんみりする。

 ではハレ盤とベルリンフィル盤とどちらがよいか?

 現時点では圧倒的にハレ管の方だ。まず演奏が非常に優れている。さすがにバルビローリが手塩にかけて育てたオケだけにバルビローリの意図も徹底的に理解されているようだし、音楽全体により暖かみがある。解説にあるとおり、いくらベルリンフィルがうまかろうと、マーラー演奏ではハレ管の方がバルビローリのもとで長いキャリアを誇っているのだ。録音もいい。リマスタリングが大成功しており、極めてすばらしい音質だ。CDの出来として最高だと思う。

 ベルリンフィル盤には演奏以外のところで実は大きなキズがある。気にならなければ別にキズにはならないのだが、私はやや閉口した。第3楽章でトランペットがしみじみと鳴り渡るところ。何かうなり声のようなものが聞こえる。何だろう。その音は延々続く。結構うるさい。指揮者のうなり声ではない。何と、聴衆のいびきである。指揮者の頭上にでもあったマイクが拾ったのだろうが、すさまじい。ぐおおおおお...ぐおおおおおお...。スピーカーで聴いていてもはっきり分かる。EMIが発売しようとして結局見送った本当の理由はこれなのではないかと私は思う。また、ベルリンフィルはARKADIA盤ではモノラルで、その点でやや苦しいかもしれない。ただ、マスターテープがどこかのメーカーの手でリマスタリングされ、良好な音質で甦ったら、ライブ盤の強みでベルリンフィルに軍配が上がるかもしれない。意外とマスターテープではステレオ録音なのではないかと思っている。

 まあシュトゥットガルト放送響との「復活」も非常な名演(3番とはうって変わってかなり激しい燃えたぎる演奏)なので、マーラーファンは両方持っていてもいいとは思うが。

 

1999年1月22日、An die MusikクラシックCD試聴記