ボンガルツの「エグモント」

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CDジャケット

ベートーヴェン
劇音楽「エグモント」作品84
ボンガルツ指揮シュターツカペレ・ベルリン
エリーザベト・ブロイル(ソプラノ)
ホルスト・シュルツェ(朗読)
録音:1970年
徳間ジャパン(国内盤 TKCC-15167)

 反省の弁。

 このCDを聴きながら私は女房さんとコーヒーを飲み、下らない話をしていた。それでもいい演奏だったから、「なかなかいい演奏だな、CD試聴記に入れようかな」などと考えながら、いわゆる「ながら聴き」をしていた。ながら聴きをしながら、このCD試聴記に書き込む内容を決めていた。会社の昼休みを使って文章もおおよそ出来上がった。

 しかし、そんな聴き方をしてはいけないのである。私は非常に反省している。スピーカーの前に座ってきちんと聴き直してみたら、全く違う音楽が聞こえてきたからである。印象はすっかり変わり、それまで聞こえなかった音まで聞こえてきた。これには本当に驚いた。ながら聴きでも音楽は聴ける。でも、もともと近代的なクラシック演奏は聴衆が耳を澄まして真剣に聴くことを前提に行われているわけだから、作曲家や演奏家を冒涜するような聴き方はしてはいけない。私はこのCDを聴き直してつくづく反省した。もちろん、一旦書いた文章は全面的に書き改めた。

 私にそれほど反省を強いたこのボンガルツのベートーヴェン。劇音楽「エグモント」の全曲である。私は、「エグモント」は序曲がメインで、その他の音楽は付け足しみたいに思っていた。そんなことはなかった。ボンガルツは非常に丁寧な指揮ぶりで、この名作を隅々まで磨き上げ、我々に聴かせてくれる。序曲だけでなく、4つの間奏曲を始め、どこを取ってもすばらしい。ダイナミックさやドラマチックさを強調した演奏ではないのに、聴き終わると、感動してしまう。それは演奏がよいうえに、エグモントの独白などが、歌詞対訳付きで読め、いっそう深く音楽を理解できるからである。このCDは1,000円の廉価盤で、単純に安いから買ってきたのだが、とてもいい。歌詞対訳が付いているとは思わなかった。値段以上の演奏、録音である。

 ボンガルツは超マイナーな指揮者だし、シュターツカペレ・ベルリンもメジャーではない。録音は1970年と古い。しかし、それが良かったようだ。クラシック音楽界はすっかり国際化してしまったから、今ではこうした古めかしくマイナーな組み合わせは貴重である。何といっても当時はドイツは東西に分裂している。ボンガルツもシュターツカペレ・ベルリンも国際社会から隔離された東ドイツの中で、古いドイツのスタイルを守っていたのではないかと思われる。「エグモント」全曲を通して聴いてみると、いかにもドイツ人が共通して認識していそうなベートーヴェン像が現れてくる。力強く、逞しい。

 ボンガルツの指揮は奇を衒わない正攻法。変わったところといえば、ティンパニを要所要所で強打させていることか。このティンパニによってベートーヴェンの激情を表現しているのだろう。オケもよく揃っていていい。ゴージャスな感じこそしないが、聴き応え十分だ。東ドイツのオケはあまりうまいという印象がないかもしれない。楽器も安物だとかさんざんな評価だ。しかし、シュターツカペレ・ベルリンは仮にも一国の首都を代表するオケだから、非常にいい音を聴かせてくれる。特に木管楽器はやや硬質ながらも張りのある響きだ。あるいはそれはボンガルツの指示によるものなのかもしれないが、ベートーヴェンらしいベートーヴェンを演奏するには打ってつけの音色だと思う。こうした演奏を東ドイツではいつも聴けたのだろうか。だとしたら、昔のクラシックファンの方が幸せだったのではなかろうか。ますます昔の演奏が気になってくる。困ったものだ。

 

1999年7月5日、An die MusikクラシックCD試聴記