ヴァントのブルックナーを聴く

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CDジャケット

ブルックナー
交響曲第9番ニ短調
ギュンター・ヴァント指揮ベルリンフィル
録音:1998年
BMG(国内盤 BVCC-34020)

 1998年9月18日と20日にベルリンフィルの本拠地フィルハーモニーで行われたライブ。プログラム前半はシューベルトの交響曲第8番ロ短調「未完成」、後半はこのブルックナーであった。2曲とも未完成の曲であること、また、限りなく激しく、美しく、神秘的であることも似通っている。コンサートの組み合わせとしては理想的だと思う。しかし、演奏する立場からいえば、この組み合わせはしんどいのではないだろうか。シューベルトの「未完成」は指揮者に異常な緊張を強いるといわれているし、ブルックナーの9番は長大であり、難曲であると考えられるからである。87歳という高齢にも関わらず、この2曲を意欲的にプログラムに選び、しかも立ったまま指揮をしたヴァントはそれだけでもすごい指揮者だといわざるを得ない。

 9月20日のコンサートの模様はNHKでも放送されているので、ご覧になった方も多いだろう。ヴァントはよろよろと歩いて指揮台に向かうので「大丈夫かな」と心配になるのだが、ひとたび指揮を始めるとしゃきっとする。演奏が終わるとまたへなへなになり、やっとの事で楽屋に入っていった。そんな老巨匠には会場から惜しみない拍手が送られた(ブルックナーでは特にスタンディング・オヴェイションだった)。

 テレビでヴァントがブルックナーを指揮している様は大変印象的であった。第2楽章は猛烈なスケルツォで、文字通り大音響の嵐であった。その間、舞台後方からテレビカメラがヴァントの姿を遠くに捉えるところがあったのだが、オケの前にヴァントがまるで魔人のように立ちはだかっており、見ているだけで威圧されてしまった。気のせいかもしれないが、ベルリンフィルの面々も非常に真剣な表情であったように思う。そうした暗示力があったればこそ、あのような猛烈なスケルツォを聴かせられるのであろう。無論ベルリンフィルの類い希な演奏技術も大いに貢献しているとは思うが。

 第3楽章はブルックナーが自分の死期を意識しながら書いた、まさに白鳥の歌である。ヴァントはそれを丁寧に丁寧に演奏していた。ベルリンフィルの出来も良かった。最後のところで、音楽がふわふわと天国に登っていくような場面があるが、それこそコンサート会場にいることを忘れ、天国に連れ去られると思った聴衆も多かったのではなかろうか。本当にすばらしい演奏であった。シューベルトの「未完成」のような至福の音楽であったと思う。あれなら、割れるような拍手と、ブラーボーは当たり前であろう。

 このCDは、その当日の演奏を収録したものかどうか分からない。録音データには二つのコンサートの日付が記載されているし、おそらくはコンサートの模様だけでなく、リハーサルの分も編集材料になったのであろう。CDの印象は第2楽章、第3楽章ともテレビで見た時と変わらなかった。大変すばらしい。しかし、第1楽章だけはどうも、しっくりこない。テレビではヴァントの巨匠的な指揮ぶりとベルリンフィルの強力な演奏を目にし、視覚的に圧倒されていたためであろう、全く夢にも思わなかったが、CDで聴くと第1楽章はやや緩みが感じられるような気がしてならない。「大河のように滔々と流れる感じ」といえば聞こえはいいのだが。CDの解説を書いている岡本稔氏も18日のコンサートについては、「ただ、連日の練習によって体力を消耗したためだろうか、時にわずかにテンションが落ちるところがあったのは致し方ないところだろう」と明記している。岡本氏はどの部分がそうなのかは書いていない。もしかしたら、このCDの第1楽章はその日の演奏から取られたものかもしれない。演奏は1回限りのものであるから、指揮者の思い通りにならない場合もあるだろう。コンサートでは第1楽章の出来が少し悪くとも、尻上がりに調子を上げればよい。聴衆はよほどのことがない限り、退出はしないからだ。CDでは第1楽章がつまらないとその後を聴けなくなる。熱狂的ヴァントファンには申し訳ないが、この第1楽章では私は楽しめない。プロデューサーや指揮者はどんな観点で2日間にわたる演奏を選り分けたのだろうか。

 試しに名盤の誉れ高い北ドイツ放送響とのライブと比べてみたが、この旧盤は極めて高水準の演奏で、改めて驚いてしまった。第1楽章冒頭から気合いの入った音楽が聴ける。さすが手兵との録音である。この旧盤と比べると、なおのことベルリンフィルとの第1楽章の出来が気になってしまう。いかにヴァントが優れた指揮者であっても、ライブで最高の演奏を常にし続けることはできないのだろう。やはり人間の営みであるわけだから、やむを得まい。もし、このベルリンフィルとの演奏を、特に第1楽章を不満に思う人がいたら、93年のライブ盤をお薦めしたい。オケの出来を含め、ヴァントの傑作と呼べるCDである。

CDジャケット

ブルックナー
交響曲第9番ニ短調
北ドイツ放送響
録音:1993年
BMG(輸入盤 09026-62650-2)

 

1999年6月7日、An die MusikクラシックCD試聴記