コンヴィチュニー、もうひとつの「英雄」

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CDジャケット

ベートーヴェン
交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ドレスデン
録音:1955年 
Berlin Classics

 コンヴィチュニーが指揮したもうひとつの「英雄」。そしてオケも旧東ドイツのシュターツカペレ・ドレスデン。同じ指揮者による同時期同一曲の演奏で、オケが違うとどうなるかというのが私の疑問であった。このCDの録音は1955年らしいから完全に同時期とは言えないが、何とか許容範囲であろう。

 さて、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管を指揮した場合は少なくとも「古色蒼然」ではないと前回断言してしまったが、「いぶし銀の響き」といわれるこの名門オケではどうか。

 一聴。とてつもない音色だ。オケの持つ独自の響きに圧倒される。このCDは良質のモノラル録音で、やや残響が多めなのが気になるが、オケの音色ははっきり分かる。金管楽器の最強音がマイクに入りきらなかったようだが、それは致し方ないだろう。それを除けば、よくこんないい状態でテープが残っていたものだと感心してしまう。そんな音質であるから、オケの美質はよく分かる。

 オケの音色がどうすごいかというと、音色にきらびやかさが全く感じられないにもかかわらず、重心が低く非常に安定感がある響きになっていることである。きらびやかさがないことが全然マイナスになっていない。まさに木目調のすばらしい響きだ。この響きを「いぶし銀」と誰かが呼んだのだろう。各楽器の音が完全にブレンドされているのは驚きとしか言えない。まるでオケがひとつの楽器のように思われてくる。現在のシュターツカペレ・ドレスデンではこんな響きはもう求められない。当時の充実ぶりをこのCDは如実に示していると思う。

 こんなすばらしい響きを持ったオケでベートーヴェンを演奏するからには駄演になるわけがない。以下、各楽章毎に演奏内容を簡単にご紹介したい。

 第1楽章:重厚な甲冑をまとった英雄を彷彿とさせる名演。その雄大さは比類がない。一般聴衆が期待する「英雄」のイメージをそのまま音にしたような感じだ。この指揮者の芸風が単に「正統的」と言う言葉で片づけられるとしたらもったいないことだ。「正統的」という言葉が即「つまらない」と思われてしまうからだ。全く誤解を招くような言葉ではないか?これほど立派な演奏が、もし「正統的」とされるのなら、すべての指揮者が「正統的」になるべきだ。

 第2楽章:やや遅めのテンポ。フレーズからフレーズへの流れも非常に重々しく、なるほどこれは葬送行進曲だと思わせる。それにしてもこのオケの弦楽器群はすごい。音が揃っていて実に美しい。録音の良さも相まって、聴いていると惚れ惚れしてしまう。この楽章でもコンヴィチュニーの音楽作りは極めて丁寧で、手抜きなど一切ない。ごくごく小さなところまで指揮者の指示が徹底している。もちろんあざといことをしているわけではない。コンヴィチュニーは音楽を生き生きと再現すべく最大限の努力をしたのだろう。大見得を切るような場所を作りはしなかったが、音楽を面白く聴かせてくれる。これこそ指揮者らしい上質の仕事だ。

 第3楽章:大変優れた演奏で、中でもトリオのホルンが面白い。とてもほのぼのとした感じがする。音色も現代風でなく、鄙びた感じがする。これはもはや現代のオケからは聴くことができない味わいで、こんな響きがオケの中に溶け込んでしまうところがすばらしい。古き良き時代を感じさせるユニークなスケルツォだ。

 第4楽章:音楽は自然な流れに乗って悠々と展開される。オケのメンバーが楽しみながら音楽を作り上げている様子が伝わってくるようだ。このような暖かみのある演奏は、それだけでも価値がある。演奏内容が充実していることはいうまでもない。強弱、緩急の取り方が実に見事で、決してわざとらしくならない。むしろ自然な流れを最優先しているようだ。ベートーヴェンの音楽が最高の出来であるから、指揮者が妙に力む必要など感じなかったのであろう。さりげなく流しているようで音楽は堂々の貫禄を見せつけて終わる。

 以上、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管との音色の違いがもろに出ているが、シュターツカペレ・ドレスデンとのこの演奏も「古色蒼然」などではない。演奏内容はいずれも充実しきったものであり、大家の貫禄を感じさせる。ただし、同じような演奏かといえば、そうとはとても言えない。基本的な解釈が全く変わらないながらも、オケの違いで随分印象が変わってしまった。どちらの演奏も指揮者の指示が徹底していることは間違いない。にもかかわらずオケの違いがこれほど大きいとは。もっとも、それでこそいろいろなオケが世界中に存在する理由があり、それを聴き比べる楽しさもあるというわけだ。

 今回は「コンヴィチュニーを聴く」の後編のつもりだったのだが...。結果的には「シュターツカペレ・ドレスデンの響きを聴く」になってしまった。

 

1999年3月17日、An die MusikクラシックCD試聴記