マンフレッド交響曲は名曲か?
チャイコフスキー
マンフレッド交響曲 作品58
シルヴェストリ指揮フランス国立放送局管
録音:1957年 TESTAMENT気になるCDジャケットである。全くシンプルな作りなのだが、シルヴェストリおじさんがにっこり微笑んでいる。「お兄さん、買ってくれよ。面白いよ。本当だよ。」とでも言いたげだ。店には他にも山ほどCDが置いてあるのにこのCDジャケットばかりが目に飛び込んでくる。なんだか個人的に見つめられているような気になってきて、「こりゃしょうがないな」と観念し、ついに買ってしまった。
シルヴェストリという指揮者はあまり馴染みのない人が多いかもしれない。ルーマニア出身で、最晩年にはイギリスに帰化したのだが、1969年に56歳という若さで他界してしまった。もっと長生きをしてくれたら、この指揮者の個性豊かな面白いCDがたくさん聴けただろう。
演奏は期待に違わぬものであった。おそらくこんな感じの華々しい演奏をしているだろうと予想して買ったのだが、期待を裏切らないところがこの指揮者のいいところだ。こういう曲を演奏する時にはシルヴェストリは天賦の才を発揮する。シルヴェストリはオケを完全にチャイコフスキー漬けにしていて、大仰な表現がこれでもかこれでもかと出てくるマンフレッド交響曲を実に楽しく聴かせてくれる。弦楽器は地響きをたてて迫ってくるし、金管楽器は全開。シルヴェストリは至る所で大見得を切って演奏している。泣いたり、叫んだり、悲しんだりするチャイコフスキー、いやマンフレッドの姿が目に浮かぶようだ。チャイコフスキーは大まじめでこの深刻な交響曲を作ったのだろうが、演奏するにはどの指揮者もちょっと照れてしまうのか、ここまで派手には演奏できないような気がする。でも照れがあってはこの曲は演奏できない。思いっきりやらなくてはつまらないのだ。シルヴェストリは「やりすぎ」の多い指揮者らしいが、そんな人だからこそチャイコフスキーには向いている。この曲を心から楽しみたいのであれば、シルヴェストリ盤は大推薦だ。これほど分かりやすくマンフレッド交響曲を演奏してくれた例はなかなかないだろう。聴き終わってCDジャケットを見直すと、シルヴェストリおじさんがまたにっこり笑っている。今度は「お兄さん、どうだい?満足したかい?」とでも言いたげだ。うーん。とても満足!
では巷ではどんなCDがこの曲の名盤とされているのだろうかと思って、音楽之友社の「クラシック名盤大全 交響曲篇」に当たってみた。何と、「マンフレッド交響曲」が載っていない。そんな馬鹿な。交響曲のCDばかり1005枚も集めた本に何で載っていないのだろうか。私は長らくこの曲はチャイコフスキーの名曲だと思い込んでいたのだが、世間ではそうは見ていないのだろうか。マンフレッド交響曲はチャイコフスキーが交響曲第4番と第5番の間に作ったもので、演奏時間は約1時間にわたる大作である。ちょっと辟易するほど深刻ぶった曲なのだが、作曲家はかなりの気合いを入れて作ったはずだ。楽器編成も面白い。オケにはハープとかシンバルとか音楽を効果的に盛り上げる楽器が取り入れられている。極めつけは第4楽章の後半に使われるオルガンだ。ソロで猛烈な迫力でオルガンが入ってくると、聴き手はのけぞってしまう。そんな面白い曲なのに、「名曲」扱いされていないとは。これはショックだ。皆さん、ちょっと大仰な曲だけど、面白い曲ですよ。しかもシルヴェストリ盤は面白い演奏ですよ。
なお、録音はモノラルだが、ものすごい高音質。解説によればフランスには当時ステレオ録音の機材がなかったと書いてあったが、これほどの高音質をモノラルで得られていたことが、ステレオ移行を遅らせてしまったのだろう。
また、おまけとしてリスト作曲交響詩「タッソー」が収録されている。こちらは1957年フィルハーモニア管との演奏。やはり大仰な曲の大仰な演奏である。
1999年3月22日、An die MusikクラシックCD試聴記