《わが故郷の歌》 バルツァ、ギリシャを歌う
1.君の耳のうしろのカーネーション
2.都会の子供たちの夢
3.若い郵便屋さん
4.五月のある日
5.汽車は8時に発つ
6.わたしは飲めるバラ水をあげたのに
7.オットーが国王だったとき
8.ぼくたちにだって、いい日がくるさ
9.バルカローラ(舟歌)
10.夜汽車は恋人を乗せて
11.わが心の王女メゾ・ソプラノ:アグネス・バルツァ
ブズーキ独奏:コスタス・パパドプーロス
スタヴロス・ザルハコス指揮アテネ・エクスペリメンタル・オーケストラ
録音:1985年11月、アテネ
DG(国内盤 UCCG-3614)こんなCDが20年近く前に録音されていたとは。最初このCDを手にしたとき、「なぜバルツァが今頃ギリシャの歌を?」と怪訝に思ったのだが、1985年の録音と知り、「うーむ」と唸ってしまった。
カルメン歌いとしてその名を馳せるアグネス・バルツァ。それまでに様々な役でオペラ界に話題を振りまいてきたが、カラヤンと有名な「カルメン」全曲をタイトル・ロールで録音したのは1982、83年。さらにこのCDが録音された年である85年の8月にはマリナー指揮アカデミー室内管弦楽団の伴奏による「フィガロの結婚」全曲盤(PHILIPS)にもケルビーノ役で参加している。その他、この時期には多数のセッションに参加していたはずである。
彼女の生年は1944年だから、このCDの録音当時は41歳。一説には、この頃がバルツァの最も輝いていた時期らしい。だとすれば、彼女は自分の最盛期で故郷の歌を録音したことになる。よほどの思い入れがあったに違いない。
ただし、バルツァが歌っているからと言って、このCDをクラシック音楽として聴く必要は全くない。収録された曲はギリシャの民謡などで親しみやすく、おそらくこれをBGMでかけていても、バルツァが歌っているギリシャの歌だと気がつく人はまずいないだろう。旋律線はイタリア民謡風とも言えるが、どことなく懐かしく、聴くものを不思議な気分にさせる。
バルツァはオペラチックに歌わず、民謡を民謡らしく心を込めて歌っている。長くても5分程度の曲が切々と歌われるのを夜中に聴いていると思わずしんみりしてくる。バルツァはオペラとはまるで違った世界をここで作り上げている。理屈なしに楽しめるCDだと思う。
第8曲「ぼくたちにだって、いい日がくるさ」などを聴いていると、音楽の説得力に引き込まれる。伴奏に使われているブズーキという弦楽器が哀愁をそそり、バルツァがしみじみと歌う。・・・そう、まるで日本の演歌みたいなのである。私も40歳を超えたせいか、こうした曲に弱くなってしまった。ギリシャの曲だということを忘れて聴き入ってしまう。
このCDを買う気になったのは、マスコミで時々取り上げられているのを目にしたからだ。どうも注目盤らしいと思っていた。しかし、そういうものこそ期待はできない。話題性に富んでいても、内容は保証されない。しかし、このCDは非常によい。買ってよかったと思う。天の邪鬼な態度はやめて、話題盤は聴いてみるものだ、とつくづく感じている。この文章を読んだあなたにも強力にお勧め。
(2004年4月19日、An die MusikクラシックCD試聴記)