ムローヴァによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴く
ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品61
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64
ガーディナー指揮オルケストル・レヴォリュショネル・エ・ロマンティク
ヴァイオリン:ムローヴァ
録音:2002年6月5-7日
PHILIPS(輸入盤 470 629-2)これは古楽器によるベートーヴェン演奏です(メンデルスゾーンについては今回は割愛します。ご容赦下さい)。古楽器による演奏は一頃隆盛を極め、その後一大潮流になるかと思われましたが、モダン楽器の団体が楽器はそのままにして、古楽の奏法を取り入れるというスタイルが普及してきたために、その存在感が低下しているように感じられました。
そんな中でこのCDを聴いたわけですが、なかなかどうして。古楽器の演奏は侮れません。気宇壮大でもなければ、雄大でもないベートーヴェンなので、これを評価しないという人もいると想像されますが、親近感を感じさせる上にひたすら美しい演奏です。古楽器による演奏だと、楽器そのものの特性と少人数による編成のために音量的に不足する部分があります。どのように頑張ったところでモダン楽器のように強力なパワーで筋肉隆々のマッチョなベートーヴェンを指向するののには無理があります。ガーディナーとムローヴァは最初からそんな方向性をかなぐり捨てていて、等身大の人間ベートーヴェンを表しています。良く言えば清楚で、悪く言えばこぢんまりとした小型のベートーヴェンです。
小型ではあっても、さすがにベートーヴェンの傑作だけにオーケストラの演奏も、ムローヴァのソロも聴かせどころに事欠きません。静かな環境で耳を澄ませながら聴いていると大変幸福な気持ちにさせてくれます。オーケストラもソリストもごく至近距離で演奏していて、私のために語りかけてくるように感じるからです。気宇壮大でない代わりに非常な親しみやすさを覚えます。まるで室内楽を聴いているような雰囲気とでも言えばわかりやすいかもしれません。ちょっと想像してみて下さい。目の前で、あるいは耳元でムローヴァのヴァイオリンが弱音で語りかけてくる様子を。なんと素敵なことかと思いませんか?
私はこのような演奏を、若い頃であれば「ベートーヴェンらしくない」という一言で切って捨てていたことでしょう。古楽器の響きも私は常に全面的な好感を持って受け入れているわけではありません。このCDでも冒頭にティンパニよる四分音符が4つ聞こえますが、初めはブリキの板でも叩いているのかとギョッとしました。しばらくすると慣れてきますが、長くモダン楽器の響きになれてきた耳には違和感が若干残ります。それでもなお、このような演奏に感心するのは、この演奏が聴き手に直接語りかけてくるからです。もしかしたら、CDであるからこそ可能な世界なのかもしれません。そうだとすればCDとは音楽信号が入っただけの円盤とは言い切れませんね。もっと素晴らしい何かでしょう。
(2006年2月19日、An die MusikクラシックCD試聴記)