お蝶夫人の弾く曲は?
グルダのモンペリエ・リサイタルを聴く
■ お蝶夫人の弾く曲は?
テレビ版「エースをねらえ!」の主題歌が収録されているCD。ジャケットはなぜかアニメ版の絵を使用。 2004年1月15日から3月11日までテレビ朝日で放送されたスポ根ドラマ「エースをねらえ!」にすっかり熱狂した私は、DVDが7月23日に発売されると聞くやすぐさまお店にすっ飛んで購入してしまいました。今では親子3人で何度もDVDを観てスポ根の世界に浸っています。
ご存じの方も多いかと思いますが、「エースをねらえ!」は高校生のテニス物語です。主人公は岡ひろみといい、彼女はズブの素人からテニスを始め、2年後には世界に通用する選手として成長します。主人公は彼女です。が、このドラマがユニークなのは、この主人公よりも遙かに有名な脇役がいることです。その名も「お蝶夫人」。「エースをねらえ!」の主人公名を知らなくても、「お蝶夫人」という名前を聞いたことがある人は少なくないでしょう。高校生なのに、何故か「夫人」です。本名は竜崎麗香。蝶リボンを着けているためにこう呼ばれる彼女は、モデルとなったのがマリー・アントワネットなのではないかと想像されるほどのお嬢様です。左ジャケット写真に大きく登場しているのはアニメ版のお蝶夫人であります。主人公より大きな扱いであることに注目しましょう!
テレビドラマを観ていると、お蝶夫人が大邸宅内の一室で素敵なドレスを着てピアノを弾いています。曲名はモーツァルトの「幻想曲ハ短調 K.475」です。夜彼女はこの曲を静かに弾いています。ある時は後半の「Piu allegro」でドラマチックにピアノをかき鳴らしています。素敵です!プロデューサーによる選曲のセンスもいいですねえ。
ここで白状しておきますと、私はこの「幻想曲ハ短調」が好きではありませんでした。お叱りを受けるかもしれませんが最後まで聴き通せないことがあります。ところが、先頃、この曲が含まれる大変魅力的なCDを購入しました。以下のCDであります。
■ グルダのモンペリエ・リサイタル
DISC 1
- ドビュッシー:前奏曲第1集より「音と香りは夕べの大気の中に漂う」
- ベートーヴェン:ピアノソナタ第31番 変イ長調 作品110
- モーツァルト:幻想曲 ハ短調 K.475
- モーツァルト:ピアノソナタ第14番 ハ短調 K.457
DISC 2
- モーツァルト(グルダ編曲):スザンナのレチタティーヴォとアリア
- シューマン:幻想小曲集〜夕べに
- シューベルト:即興曲 変ト長調 作品90-3
- ショパン:夜想曲 嬰ヘ長調 作品15-2
- ショパン:舟歌 嬰ヘ長調 作品60
- ドビュッシー:前奏曲第1集より「中断されたセレナード」
- ドビュッシー:前奏曲第2集より「ヴィーノの門」
- ビゼー(グルダ編曲):『カルメン』〜ハバネラ
- グルダ:前奏曲とフーガ
- J.シュトラウス(グルダ編曲):『こうもり』幻想曲
- 民謡(グルダ編曲):辻馬車の御者
- 民謡(グルダ編曲):レーブラウス
- ブラームス:子守歌
- グルダ:アリア
ピアノ:グルダ
録音:1993年7月31日、フランス・モンペリエ
ACCORD(輸入盤 476 1894)■ 幻想曲ハ短調は?
奇才として一世を風靡したグルダは2000年に他界していますが、その晩年の1993年にフランス・モンペリエの音楽祭に参加しました。このCDには7月31日のリサイタルの模様がおそらくすべて収録されているようです。2枚組のCDの収録時間は1時間46分。この中にはグルダが聴衆に向かって話している様子も含まれます。フランス語なので皆目分かりませんが。
さて、件の「幻想曲ハ短調」はモーツァルトのピアノソナタ14番ハ短調K.457の前に置かれています。グルダは幻想曲をわずか10分で弾ききっています。まさに一気呵成という感じで、そのスピード感、劇的緊張度は比類がありません。幻想曲が終わるや直ちにハ短調のピアノソナタに突入します。幻想曲からピアノソナタの第1楽章が終了するまで息もつかせぬ見事な展開です。グルダのモーツァルトは専門家からどのような評価を受けているのか分かりませんが、私はこういうモーツァルトも大好きです。「幻想曲ハ短調」と「ピアノソナタ14番」の優れた演奏だと私は思っています。少なくとも私はこのCDを聴いて「幻想曲ハ短調」が身近になりました。
■ 変幻自在なグルダ
さて、このCDには他にも多数の曲が収録されているので簡単にご紹介しておきます。
DISC 1にはベートーヴェンのピアノソナタがモーツァルトの前に演奏されています。グルダの本領発揮とも言える名演奏で、グルダはピアノをグヮシグヮシ鳴らしながらベートーヴェンの世界を作っていきます。が、あろうことか、第1楽章の山場で、ジェット機が上空を飛んでいる音がかなり明瞭に録音されてるので面食らいます。一体この音楽祭はどんなふうに開催されていたんでしょうね。演奏が充実しているのでジェット機の音など放っておけば十分楽しめるのですが・・・。
DISC 2は多分インターミッション後の演奏になっていると思われます。曲の配列がいかにもグルダらしく、変幻自在。自作及び自分の編曲した曲も並べ、コンサートは大いに盛り上がっています。
こういうリサイタルに居合わせるとさぞかし素晴らしい時間を共有できるのでしょう。CDを聴いているだけでもその片鱗が分かります。グルダはシューベルトの即興曲を弾き終わるとそのままショパンの夜想曲に入ります。聴衆が息をのんでいるのが伝わってきます。この瞬間はCDで聴いていてもすごいです。グルダ作曲の「前奏曲とフーガ」以降はグルダ節が炸裂! あの小粋な「アリア」まであっという間の時間です。
このCDについては、購入したときには海賊盤かそれに類する怪しげなものと思っていましたがそうではありませんでした。フランスの放送局がきちんと収録したために、(ジェット機が飛ぶ音が紛れ込んでいるとしても)立派な音質でもあります。グルダの楽しいコンサートを追体験をするのに何の支障もありません。皆様にお勧めしたいです。
(2004年8月15日、An die MusikクラシックCD試聴記)