CDは処分するべからず
ガーディナーのモーツァルト

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 CDでクラシック音楽を聴く人で、古楽器による演奏を今も嫌う人はどのくらいいるのでしょうか。「今も」と書いたのは、何年も前に、古楽器演奏もしくはピリオド奏法でのモーツァルトやベートーヴェンの演奏を人に勧めた際、「それはちょっと・・・」という反応をされたことが何度かあるためです。古楽器を苦手としているリスナーが一定数いるだろうとは予想していましたが、古楽器による演奏が登場してからすっかり時間が経ち、ごく当たり前になってきていてもそうなのかと私は腕組みをして考え込んだものです。

 かくいう私も、昔は古楽器による演奏が苦手でした。もっとはっきり書くと嫌いでした。例えば、20年も前のことになるのでしょうが、以下のCDを聴いて、私は完璧に拒否反応を起こしました。

CDジャケット

モーツァルト
交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(イギリス・バロック管弦楽団)
録音:1988年12月、ロンドン
PHILIPS(輸入盤 426 283-2)

 それまでも私は古楽器による演奏をいくつも聴いていました。ですから、古楽器で演奏するとおおよそどんな感じになるのか見当をつけられるようになっていました。しかし、このCDを聴き始めてしばらくすると、私は生理的に堪えられなくなり、CDプレーヤーのストッブボタンを押したのです。私は1度聴いただけで判断をしないようにしているので、その後このCDを何回も聴きましたが、その都度拒否反応を身体に刻みつけてしまう結果になりました。私を完全に反・古楽器派にしたのは、紛れもなくこのCDです。指揮者ガーディナーのことは、もちろん大嫌いになりました。

 なぜ生理的に受け付けなかったのでしょうか。それは古楽器の乾いた響きと、極端なフォルテのせいでした。とにかく自然でない、と私は評価したものです。

 ところが、このCDで聴くモーツァルトは、乾いた響きで演奏されているわけでもなければ、極端なと非難するほど激しいフォルテを聴かせているわけでもありません。名人揃いのイングリッシュ・バロック・ソロイスツの織りなす響きは実に艶やかで美しい。ティンパニの強打によってもたらされる明確なリズム感は、演奏の推進力と緊張を高め、非常に心地良く感じられます。また、縦の線をきっちり合わせて鋭く切り込んでくる演奏は爽快ですらあります。つまり、私はその後に、最初に耳にしたときとは全く逆の印象を持つに至ったわけです。

 自分の感性など、いかにあてにならないものか、この件だけでも十分に分かります。要するに、私は古楽器に慣れていなかった、ただそれだけのことだったのですね。

 そう思うと、私がこのガーディナー盤を処分しなかったのは賢明でした。というより、私はCDを処分したことがないのであります。このように後から違う聴き方をすることがあるためです。

 ふとCDラックを見ると、私にとってガーディナーは意外にも重要なポジションにいます。ガーディナーはモーツァルトではイングリッシュ・バロック・ソロイスツを起用しましたが、19世紀の音楽にはオルケストル・レヴォリューショネール・エ・ロマンティークを使って演奏しています。注目盤が大量にありますね。ベートーヴェンの交響曲全集はアーノンクール盤と並ぶ大傑作です。シューマンの交響曲全集は、そのベートーヴェン全集に勝るとも劣らないできばえです。これら、ガーディナーの演奏を聴いて私は古楽器による演奏のすばらしさを知り得たのです。古楽器だからという以前に、演奏が圧倒的に優れていたからこそこのように感じたのです。ガーディナーは今や私が好きな指揮者の一人であります。最初に古楽器演奏の完全な拒否反応を私に刻み込んだ指揮者と、その後にそのすばらしさに目覚めさせた指揮者が同一人物というのは実に奇妙なものですね。

 話はモーツァルトに戻ります。PHILIPSの録音は、音質も最高で、モーツァルトの理想的録音と断言したいところですが、ただひとつだけ不満があります。それはリピートの徹底です。小気味よく曲が終了したと思うと、ガーディナーは直ちにリピートに入るのです。これが本当に几帳面に行われているのにはさすがの私もちょっと閉口します。今ならガーディナーはここまで几帳面にやらないのではないかと期待してSDGの新録音を聴いてみますと、これまたしっかりとリピートしているではないですか。これはガーディナーの確固たる信念の元に行われたものだったのですね。こうなったらありがたくリピートを味わうしかありません。

参考盤

CDジャケット

モーツァルト
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第41番 ハ長調「ジュピター」
ジョン・エリオット・ガーディナー指揮イングリッシュ・バロック・ソロイスツ(イギリス・バロック管弦楽団)
録音:2006年2月9日、ロンドン、カドガン・ホールにおけるライブ
SDG(輸入盤 SDG 711)

 一言だけコメントしておきます。2006年2月9日のライブとありますが、これはその日の一発取りの雰囲気が濃厚です。オーケストラ演奏の完成度は極めて高い上、旧録音には見られなかった装飾音を付け加えるなど演奏上の工夫もあります。さすがガーディナー、と喝采を送りたいところです。ただし、ガーディナーが自ら設立した新レーベルSDG(Soli Deo Gloria)の音質だけは最高とは言えません。PHILIPSの旧録音は、音も含めて、古き良き時代の頂点を示したものだったことが、新録音との比較で改めて確認されてしまいました。

 

(2014年2月22日、An die MusikクラシックCD試聴記)