コンセルトヘボウの歴史

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 音楽関係の専門書類だけでなく、一般の旅行ガイドブックでオランダを対象にしたものも調べてみましょう。中には、コンセルトヘボウに関してなかなか詳しい記述のなされたものもあります。例えば『[旅する21世紀]ブック 望遠郷6 アムステルダム』(ガリマール社・同朋舎出版編,同朋舎出版,1994)は一冊まるごとアムステルダムだけに、コンセルトヘボウに関する図版や記述も充実。ここからコンセルトヘボウの歴史をまとめてみますと、

 なお建築デザイン的には、側塔部分がオランダのネオ・ルネサンス様式(窓枠や石積みのマッスや水平帯)、正面中央部が新古典主義様式(ペディメント=破風のあるコリント式列柱)という混合様式となっています。

 1988年の改修時にはガラス張りの新しい翼が側面に増築され、玄関ホールとホワイエ(休憩ロビー)が配されました。機能的には改善されたものの、デザイン的には対称性や様式の統一性を壊してしまうとして非難の的にされたとか。しかし一般には、古い意匠に新しい素材や工法を組み合わせてコントラストの面白さを狙うというのは、建築物をリニューアルする際に有効な手法の一つ。コンセルトヘボウでもそれが適用されているというのは非常に興味深い事実です。

 ホールの改修については、シャイー指揮のブラームス:交響曲第1番のライナー・ノーツで志鳥栄八郎氏が少し言及されています。それによると、1983年に修復のための救済募金キャンペーンが始まり、1985年までに24億5千万円の資金が集まったとのこと。その後着手した工事が完成し、開館からちょうど100年目の1988年4月11日に開催されたガラ・コンサートには、ベアトリクス女王やプリンス・クラウス夫妻も招かれ、ハイティンクの指揮によってマーラーの交響曲第8番が演奏されたとのことです。


(An die MusikクラシックCD試聴記)