ベルナルト・ハイティンク 作曲家別録音歴
■R.シュトラウス篇■(文:青木さん)
ハイティンクが異なるオーケストラによって複数の録音を重ねてきたレパートリー(作曲家)は、これまでご紹介してきたベートーヴェン、ブラームス、マーラー、ブルックナー、ラヴェルの五人です。ストラヴィンスキーにも再録音や再々録音があるものの、それは三大バレエだけですので整理が必要なほどでもありません。むしろ、レコーディングの全貌が把握しにくい作曲家はリヒャルト・シュトラウスではないでしょうか。これは過去の録音が系統立ててCD化されていないこととも関係があり、六大交響曲のようなボックス・セットの編纂が期待されるところです。
1.コンセルトヘボウ管
コンセルトヘボウ管とR.シュトラウスの関係は、批評家には不評だった「ツァラトゥストラはかく語りき」の初演をメンゲルベルク(とバルトーク)が評価したことに始まり、シュトラウス自身が指揮者としてヘボウへの客演を重ね、「英雄の生涯」がメンゲルベルク及びコンセルトヘボウ管弦楽団に献呈されるなど、密接なものがありました。しかしベイヌムはR.シュトラウスをまったく録音せず(*1)、ハイティンクも(少なくとも録音上は)なかなか手をつけなかったのですが、1970年代以降は少しずつとりあげて、主要な曲を一通り録音するに至ります。日本公演においても、1962年の初来日で「ティル」を指揮したのは同行のヨッフムでしたが、ハイティンクは単独公演となった1974年の第3回来日で「英雄の生涯」を、1977年の第4回来日で「ドン・キホーテ」を披露しました。
フィリップスへの録音は、1970年の「英雄の生涯」に始まり、「ドン・ファン」「ツァラ」「ドン・キホーテ」とレコーディング。このうち1977年5月に行われた「ドン・キホーテ」の録音は、その直後の来日公演で演目に加えられたこと共々、1947年から首席チェロの地位にあったマヒューラの引退(1977年9月)を記念したものだったとのことです(左ジャケット写真)。1981〜1982年には「ティル」「死と変容」と二度目の「ドン・ファン」をデジタル録音(*2)し、1985年には「アルプス交響曲」をレコーディングします。
これら以外には、1968年のオランダ音楽祭における「四つの最後の歌」のライヴ録音の放送音源が、フィリップス輸入盤「ダッチ・マスターズ」シリーズでCD化された「ドン・キホーテ」の余白にフィルアップされていました。
これらのCDですが、いくつかの単売を経て、1994年に「英雄の生涯」「ドン・ファン」「ツァラ」「ティル」「死と変容」の5曲が「DUO」シリーズにまとめられました(左ジャケット写真)。これに、何度か再発売されている「アルプス交響曲」と、2001年に「フィリップス・グレイト・レコーディングズ」シリーズで国内初CD化された「ドン・キホーテ」を合わせると、いちおう全曲が揃います。しかしこれでは再録音の「ドン・ファン」が漏れてしまうため、1983年のオリジナル・アルバムはやはり手放せません。さらにリマスターやらオリジナル・ジャケットやらにこだわっていると同じ録音をいくつも購入するハメに陥り、実に不経済です。1994年に発売されたハイティンクの六大交響曲ボックス・セットと同様に作品番号順に並べてみますと、
CD1:ドン・ファン(17)+死と変容(27)+ティル(15)
CD2:ツァラ(34)+ドン・キホーテ(40)
CD3:英雄の生涯(47)+四つの最後の歌(19)
CD4:アルプス(49)+ドン・ファン(16)で、ちょうどCD四枚に収まります。最後のドン・ファン旧録音はボーナス・トラックですね。ハイティンクが生誕75周年を迎える来年(2004年)あたり、このような企画を実現していただきたいものですが、仮にこのようなボックス・セットが出たとしても、「DUO」シリーズにはヨッフム指揮の「ばらの騎士」ワルツが併録されていますのでやはり手放せません。そういえば、「シルバー・ライン・シリーズ」で最初にCD化された「英雄の生涯」のカプリング曲は、ロンドン・フィルとのエルガー「エニグマ変奏曲」という、これもレアなものでした。
なおフィリップス以外では、例の蘭NM Classicsによるハイティンクとコンセルトヘボウ管の放送音源集"LIVE The Radio Recordings"に「四つの最後の歌」が収録されています。「ダッチ・マスターズ」シリーズのものとは別録音で、1977年のライヴ音源です。
*1 「20世紀の偉大な指揮者たち」シリーズのベイヌム篇に、ライヴ録音の「ドン・ファン」が収録されました
*2 日本語ライナーノートには「ドン・ファン」が1982年12月13日録音とありますが、CD本体(これは輸入盤)には他の曲も含めて"1981.12."とあるだけで、どちらが正しいのかは不明です【演奏者】
- アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
- ヘルマン・クレバース(vn) 〔ツァラトゥストラ,英雄の生涯〕
- ティボール・マヒューラ(vc)/クラース・ボーン(va)/テオ・オロフ(vn) 〔ドン・キホーテ〕
- グンドゥラ・ヤノヴィッツ(S) 〔四つの最後の歌(1968)〕
- エリーザベート・ゼーダーシュトレーム(S) 〔四つの最後の歌(1977)〕
【レコーディング・リスト】(録音順、特記以外はすべてPhilips)
- 四つの最後の歌 1968.7.2.(Live) NPS
- 交響詩「英雄の生涯」Op.40 1970.5.14-16.
- 交響詩「ドン・ファン」Op.20 1973.4.28-5.1.
- 交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」Op.30 1973.4.28-5.1.
- 四つの最後の歌 1977.2.6.(Live) NOS
- 交響詩「ドン・キホーテ」Op.35 1977.5.9.
- 交響詩「死と変容」Op.24 1981.12.7-8.
- 交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」Op.28 1981.12.7-8.
- 交響詩「ドン・ファン」Op.20 1982.12.13.
- アルプス交響曲 Op.64 1985.1.20-21.
【国内盤初出】(< >内は発売年月、特記以外はすべてLP/日本フォノグラム)
- 英雄の生涯
- ドン・ファン(1973) X7551
- ドン・キホーテ X7881 <1978.10.>
- ツァラトゥストラはかく語りき SFX8655 <1974.10.>
- 死と変容+ティル+ドン・ファン(1982) 28PC87 <1983.9.>
- アルプス交響曲 25PC5278 & 32CD389(CD) <1986.5.>
〔輸入盤〕
- 四つの最後の歌(1968):国内盤未発売;"Dutch Masters Volume 48" (CD:Philips 462 9472) <1999>
- 四つの最後の歌(1977):国内盤未発売;"LIVE The Radio Recordings" (CD:NRU - NM Classics 97014) <1999>
2.その他(オペラ)
ハイティンクは基本的にコンサート指揮者であり、早くからコンセルトヘボウ管の大任についたこともあって、歌劇場での修行経験といったものがありません。そのためオペラに力を入れ始めたのはかなり遅く、1977年にグラインドボーン音楽祭の音楽監督に就任したあたりからですので、「40の手習い」どころかほとんど50歳からのチャレンジということになります。それが英国ロイヤル・オペラを任されるに至ったわけですから、彼はよほどの天才か努力の人か、どちらかなのでしょう。
始めたのが遅かっただけに録音も遅く、テレビ放送用のライヴ収録を除けば、1981年のモーツァルト「魔笛」が初録音で、二番目に当たるものが「ダフネ」となります。8年後にはカペレと「ばらの騎士」(左ジャケット写真)を録音。これらはいずれもEMIです。映像では、グラインドボーン音楽祭のライヴの「アラベラ」がLDで出ていました。
国内盤で確認できたものは以上ですが、輸入盤等で他のものがあるかも知れません。
【演奏者】
〔ダフネ〕バイエルン放送交響楽団/バイエルン放送合唱団(合唱指揮:ゴードン・ケンパー)/ルチア・ポップ(S)/ライナー・ゴルトベルク(T)/オルトルン・ヴェンケル(Ms)/クルト・モル(B)/ペーター・シュライアー(T)/他
〔アラベラ〕ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団/グラインドボーン音楽祭合唱団(合唱指揮:ジェーン・グラヴァー)/アシュリー・パトナム(S)/ジャイアンナ・ロランディ(S)/レジーナ・サーファティ(Ms)/ジョン・ブレッヒェラー(T)/アルトゥール・コーン(B)/他
〔ばらの騎士〕ドレスデン国立歌劇場管弦楽団/ドレスデン国立歌劇場合唱団(合唱指揮:ハンス=ディーター・フルーガー)/ドレスデン聖十字架合唱団/キリ・テ・カナワ(S)/クルト・リドル(B)/アンネ=ゾフィー・フォン・オッター(A)/フランツ・グルントヘーバー(Br)/バーバラ・ヘンドリックス(S)/ジュリア・フォークナー(S)/他
【レコーディング・リスト】(録音順)
- 歌劇「ダフネ」Op.82 1982.11.6-13. EMI
- 歌劇「アラベラ」Op.79 1984.7.7.(Live) NVC
- 歌劇「ばらの騎士」Op.59 1990.8.21-30. EMI
【国内盤初出】(< >内は発売年月)
- ダフネ 東芝EMI EAC87101-2(LP) <1984.3.>
- アラベラ ANFコーポレイション ANF3503(LD) <1989.3.>
- ばらの騎士 東芝EMI TOCE7510-12(CD) <1991.11.>
(2003年5月13日、An die MusikクラシックCD試聴記)