ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団来日公演2006

2006年12月3日(日) 18:00
サントリーホール

文:伊東

コンセルトヘボウ管弦楽団のページのトップに戻る
ホームページに戻る


 
 

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮:マリス・ヤンソンス

 

■ 演目

2006年来日公演プログラム

モーツァルト:ピアノ協奏曲第25番 ハ長調 K.503

ピアノ:内田光子
アンコール シューベルト:即興曲 作品90-3

マーラー:交響曲第1番 ニ長調

 会場の外では「チケット求む!」の札を持つ人が何人もいるなど、前評判も上々だったこのコンサートは前半も後半も大喝采を浴び、大成功でした。

 ただし、前半のモーツァルトは内田光子の独壇場でした。コンセルトヘボウ管の音や、ヤンソンスの音楽作り以前に内田光子の音楽を聴くことができました。第1楽章のカデンツァを聴いていると、たったひとりで満場の聴衆を釘付けにしているのが分かります。それよりもっとすごかったのがアンコールでした。シューベルトの即興曲作品90-3です。あまりの繊細さ、優美さに絶句です。モーツァルト同様しっとりとした弾き方をしていましたが、あんな音が何故出せるのか。内田光子のアプローチに対する好き・嫌いは別として、まるで異次元の世界の音を聴かされたような感じがしました。即興曲はよく聴き慣れた曲であるにもかかわらず、最初別の曲に聞こえたくらいです。たった5分程度のアンコールでしたが、これだけでもコンサートの価値があったというものです。

 さて、後半です。実は11月30日の公演を聴いて、若干不安を抱きながら今日のコンサートに臨んだのですが、十分満足できる内容でした。演奏上のミスがホルンなどに散見されましたが、全曲を通して集中力があり、各楽章毎に大きな山場がある演奏だったと思います。大迫力で締めくくられた第4楽章を聴いて、私は満足して帰宅しました。


 ・・・と、ここでこのレビューを終わりにした方が良いのかもしれませんが、現時点で私がコンセルトヘボウ管並びに指揮者ヤンソンスをどうとらえているかを書いておきます。あくまでも今回の2公演を聴いた、しかもごく個人的な印象ですので、その点だけはあらかじめご了承下さい。また、気分を害される方がいらっしゃいましたら、あくまでも私の個人的な手記だと思って無視して下さいますようお願い申しあげます。

 話は11月30日の公演に遡ります。11月30日は同じサントリーホールでドヴォルザークの交響曲第9番とストラヴィンスキーの「春の祭典」を聴きましたが、当日の「WHAT'S NEW?」に掲載したとおり、ちょっと思うところがあってその日にコンサートレビューを書くのは躊躇しました。なぜか。

 11月30日の公演も満場の聴衆から大好評だったのですが、実は私は全く楽しめなかったのです。指揮者ヤンソンスの指揮は見れば見るほど面白く、その指揮に完全に反応するコンセルトヘボウ管に、「さすが名門オーケストラは違う」と感心していたのですが、演奏を聴いても何も感じないのです。私の注意力が散漫だったわけではなく、かなり真剣に聴いていました。しかし、ドヴォルザークもストラヴィンスキーも、それこそ音響だけが私の頭上を通り抜けていきます。私の心には何も残りません。

 では、指揮者の意図がオーケストラに正しく伝わっていないのか。そんなことはあり得ません。だって、指揮者の動きに面白いようにオーケストラが反応しているんですから。ということは何を表しているのか。極端過ぎる仮説でしょうが、指揮者は完全な指揮ができ、オーケストラをいともたやすく統率することができる。しかし、その指揮者には何かが欠けている。もしかしたら伝えるべき「音楽」が欠けているのかもしれない、ということではないでしょうか。そのような恐ろしいことをたった1回のコンサートを聴いただけでホームページ上に書くわけにはいかなかったのです。

 そういえば、今回私は聴けなかったのですが、他のホールで演奏されたベートーヴェンの交響曲第8番はどうだったのでしょうか。もしかしたら・・・と余計なことを考えてしまいます。

 しかもオーケストラの音にも微妙な変化を感じ取りました。前回来日の頃までは、かなりオーケストラの国際化が進んでいると言われつつも、コンセルトヘボウ管はまだまだ独自の音の響かせ方をしていて、ある意味でローカルなオーケストラだなと私は認識していたのですが、そのローカル色も随分と薄れてきたと感じました。これはオーケストラ団員の顔ぶれに起因するものなのか、あるいは、指揮者の嗜好によるものなのか。立派な演奏を聴きながらも、「これは本当にコンセルトヘボウ管か?」と思ったわけです。

 ですから今日のコンサートを聴くまで私は不安で不安で、名状しがたい複雑な心境を抱えていたのです。今日は概ね満足できる演奏を聴いて帰ってくることができました。そのため、私が抱いた不安や複雑な心境は「かなり」解消されました。しかし、11月30日のショックがあまりにも大きかったため、まだ完全には解消されてはいないのです。これは次回の来日公演まで解消されないかもしれません。次回はもう少し東京での公演を数多く聴いてみたいものだと思います。

 

(2006年12月3日、An die MusikクラシックCD試聴記)