ベト全の大穴? サヴァリッシュのベートーヴェン交響曲全集を聴く

(文:青木さん)

コンセルトヘボウ管弦楽団のページのトップに戻る   ホームページに戻る


 
 

ベートーヴェン
交響曲全集(交響曲第1番〜交響曲第9番)
ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
M.プライス
M.リポヴシェク
P.ザイフェルト
J.H.ロータリング
デュッセルドルフ市立楽友合唱団
録音:1991年3月〜1993年12月、コンセルトヘボウ(第8番・9番はライヴ)
EMI(国内盤 東芝EMI TOCE9041-45 5枚組)

 世に何十と存在するベートーヴェンの交響曲全集。その中からこのサヴァリッシュ盤を選択しようとする人は、あまりいないのではないだろうか。当方も、オーケストラがコンセルトヘボウでなければ(そして中古盤屋で安く入手できなかったとしたら)、たぶん買おうとは思わなかったはず。同傾向と予測される「中庸的かつ正統的な解釈」によるものとしてフィリップスの名録音によるところのハイティンク盤を既に持っていたので、より録音が劣ると思われるEMI盤はあまり存在価値がなさそうだ。演奏時間を見ると、提示部等のリピートはほとんど省略されているのも気に入らない。内容に関係ないがボックスのデザインも野暮ったい。

 そういうわけで、あまり期待もせずに聴きはじめたのだったが…意外なことに、これがなかなかよい内容なのだった。

CDジャケット

 最初に入っている第1が、特に素晴らしい。若々しい新鮮さとベートーヴェン的な重厚さがうまくバランスしている。時にドキッとするほどエグリを効かせている金管の音がポイントだ。大方の人が予想する「安全運転の事務的で退屈な演奏」などでは決してない。

 他の曲も含めて、「ぶ厚い響きで溌剌と演奏する」という、なかなかできそうにない表現が達成されている。金管の荒々しい表現も決してうるさく刺激的には聴こえず、魅力的な渋めのトーンで全体が統一されているあたり、コンセルトヘボウの特徴がよく活かされている。「サヴァリッシュの楽天性をオーケストラがうまくカヴァーしている」といったことが解説書に書かれていて、なるほどという感じだ。オーケストラの自主性を重視する指揮者(これも解説書に書いてある)と、自主性の強いオーケストラ(コンセルトヘボウについて多くの人が言っている)が出会うと、このようなよい成果に結びつく、ということなのだろうか。

 この全集におけるコンセルトヘボウ管の起用は、サヴァリッシュ本人の希望によるものらしい。またサヴァリッシュはコンセルトヘボウの団員や聴衆にとても人気があるらしい。不確かな伝聞ばかりで恐縮だが、この録音を聴いていると、いちいち納得できる気がしてくる。

 録音もまたコンセルトヘボウ大ホールの特性―楽器の溶け合いの美しさ、暖色系のサウンド、ホールの空気感―がかなりよく捉えられた、EMIとは思えぬほどの?出来栄え。解像度の高さや分離の明瞭さ、立ち上がりの鋭さなどいわゆるオーディオ的音響特性はたいしたことなさそうだが、でもその方面を追求しすぎるとコンセルトヘボウらしさが弱まってしまうことは、デッカが辿ってしまった悪例(*註)が示している、というといいすぎか。

 とにかくこれはいい全集だ。特に、サヴァリッシュが同じEMIにシュターツカペレ・ドレスデンと録音したシューマンの素晴らしさを知る人の多くは、このベートーヴェンから同質の満足を得られるのではないかと思う。

CDジャケット

 サヴァリッシュとコンセルトヘボウは、1960年頃にも第6番「田園」と第7番、「フィデリオ」と「シュテファン王」の両序曲等をフィリップスに録音している(おそらく未CD化)。7番を聴いたが、可もなく不可もないといった感じの、特徴のない演奏だ。これがサヴァリッシュに対する一般的イメージだとしたら、EMIのこの全集はその偏見を覆すに足る内容を持っている。国内盤は1996年にスリムなボックスで全集化されており(5枚組10,000円)、輸入盤はダブル・フォルテ・シリーズ(二枚組の廉価盤)×3で安く分売されている(左写真は交響曲第4番と第7番の組み合わせ)。

*
 余談ですが。デッカによるへボウの録音を聴くと、80年代前半のハイティンクやアシュケナージの録音(ショスタコーヴィチやラフマニノフなど)と、87年以降のシャイーの録音とでは、その音響設計がぜんぜんちがいます。前者は、フィリップスとはまた違ったシャープな生々しさと、豊かな残響を活かした広大な音場とが絶妙にバランスし、なんとも重厚&壮絶な音響が素晴らしく、特に濡れたように鈍く輝くブラスが圧倒的。これがシャイー時代になると溶け合いよりも分離を重視する「いわゆるデッカ調」に方向修正されてしまうのです。それはそれで別のよさがあって好きなのですが。

 

(An die MusikクラシックCD試聴記)