アシュケナージ指揮のラフマニノフ

(文:青木さん)

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CDジャケット

ラフマニノフ
交響曲第2番 ホ短調 作品27
ヴラディーミル・アシュケナージ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1981年9月、アムステルダム、コンセルトヘボウ
DECCA(国内盤 POCL-5122/全集:POCL-3981)

 

 アシュケナージとコンセルトヘボウ管

 

 独奏曲や協奏曲でラフマニノフを得意のレパートリーとしてきたアシュケナージが、コンセルトヘボウ管を指揮して交響曲全集(「ユース・シンフォニー」を含む)をデッカに録音したのは1980年から1981年。これは彼の指揮者としてのキャリアにおいて最初に成功した録音と言われているシリーズです。アシュケナージとコンセルトヘボウ管は、これに続いて管弦楽曲とオーケストラ伴奏歌曲のアルバムを1983年と1984年に録音し、翌1985年にはプロコフィエフを一枚録音。その翌年に来日公演を行いました(ヨッフムも同行)。

 最初に録音された交響曲第3番は、デッカにとって約20年ぶりとなる(もちろんデジタル録音としては初の)コンセルトヘボウ録音となったものです。デッカがハイティンク指揮で進めてきたショスタコーヴィチの交響曲録音がロンドン・フィルからコンセルトヘボウ管に切り替えられたのは1980年12月録音の交響曲第14番「死者の歌」からですが、アシュケナージのラフマニノフはその一月前に録音されています。プロデューサーはともにアンドルー・コーナル。ハイティンクによる本格的なレコーディングを開始する前に、コンセルトヘボウでのテスト録音という意味合いで、デッカ専属のアシュケナージが起用されたのかもしれません。アシュケナージはハイティンクに指揮のアドバイスを受けていたとのことですので、コンセルトヘボウ管とのつながりもその線から浮かび上がってきます。

 

 世評と個人的関心

 

 第3番に続いてその翌年に録音されたのが、今回採り上げる交響曲第2番です。これはラフマニノフの交響曲の中でもっともポピュラーとされている曲ですが、個人的には捉えどころのない冗長な曲だと思っておりました。しかしながらこのCD、オーケストラのサウンドがあまりにも魅力的なので、曲ではなくその音響を楽しむために何度も繰り返して聴き、そのうち曲自体についても少しずつ好きになってきた、という邪道的な経緯があることを白状いたします。ですので、このアシュケナージ盤がいわゆる〔名演奏〕なのかどうか、実はよくわからないのです。その後パレー盤やヤンソンス盤などでこの曲を聴いたものの、サウンドが違いすぎることがネックになって演奏の比較ができないというありさま。

 そこで普段はたいして気にしない〔世評〕を確かめたくなり、当時の『レコード芸術』誌を調べると、1982年12月にLPで出た際の月評では”推薦”で、「このオケ自体の克明な合奏力が指揮者の統率力の弱さを補い、その音楽の豊かさを万全に表現している」などと書かれています。『ONTOMO MOOK 名曲名盤300NEW』(1999)では、やはり第1番と第3番は採りあげられていませんが、当盤はこの曲のランキングで4位となっていて、「個性はないがオーケストラを無理なくたっぷりと鳴らした表現」だそうです。『ONTOMO MOOK 世界のオーケストラ123』(1993)のコンセルトヘボウ管の頁で代表盤10枚の一つにこの交響曲全集が選ばれているなど、やはりオーケストラの魅力が先にたつ演奏ということになりそうです。指揮者の解釈や個性に重点を置く批評の中には、当盤を評価しないものもいくつか見られました。

 しかし、そういったことはどうでもいいのです。ワタシはこのCDを聴いて、楽曲もそこそこ楽しみながら、オーケストラの圧倒的な音響美に心から驚嘆し、それを捉えた録音の素晴らしさにも感服し、大いに満足できるのですから、それで十分です。

 

■ 演奏と録音

 

 では聴いていきましょう。第1楽章はラルゴの序奏を持つソナタ形式です。というとずいぶん古典的ですが、主部に入ってもハイドンの交響曲のように溌剌とした雰囲気になるわけではなく、形式感もさほど強くは感じられません。しかしラフマニノフのオーケストラ曲の醍醐味は、ゆったりと息の長いフレーズが朗々と続く中で唐突に激情が爆発するところにあると思われます。この録音が素晴らしいのは、そのあたりの魅力が十分に出ているところでしょう。鈍く輝くブラウン・メタリックな金管と深い響きの打楽器が炸裂し、それがホールの豊かな残響に彩られて壮大な音響が現出するさまは、息を呑むほどの見事さです。

 第2楽章ではアシュケナージの唸り声がやや気になるものの、ここは緩徐楽章ではなくアレグロ・モルトのスケルツォ風なので曲想からの逸脱はなく、むしろ彼の意気込みが感じられるほどです。緩徐楽章で気持ちよさそうに鼻歌を歌うようなものは願い下げですが、これなら許容範囲。冒頭のホルンはもっと強奏させる方がよかったかもしれません。しかし中間部に入る直前のトゥッティと、それに続く金管群の活躍は、録音の素晴らしさとあいまって、個人的には全曲を通じて最大の聴きどころになっています。

 第3楽章はアダージョで、コテコテの歌謡楽章。テレビドラマに使われたそうですが、こんなにブ厚い音楽は劇伴には向かない気がします。大きく旋律を歌う重厚な弦楽器と木管(特にクラリネット)のソロがたいそう印象的で、このあたりはオーケストラ固有の魅力をたっぷりと味わえます。しかしそれが延々15分も続くというのはいささかたっぷりしすぎでして、全体の構成上からもこの楽章は10分程度にとどめておくほうがよかったという気がします。パレー盤などで施されている〔カット〕は、今では古い時代の悪習のように考えられているようですが、やはり一つの見識だったように思われてなりません。

 例えばエレクトリック時代のマイルス・デイヴィスの録音で、近年になってノーカット・無編集の完全版がいろいろ発表された際に改めて評価されたことは、当時のオリジナル・アルバムでプロデューサーのテオ・マセロがいかに絶妙の編集をしていたかということでした。それらの完全版は(資料的な価値や興味の対象にはなっても)完成度の点ではやはり冗長だというのです。

 ラフマニノフの場合は、不本意ながらも自ら短縮版を作ったそうなので、やたらと〔完全版〕だけにこだわるのもどうかと思います。ま、そんなことを言ってもこれがモーツァルトやベートーヴェンだと「ソナタ形式で提示部の反復を省略する演奏は怪しからん」となるのですから、我ながら勝手なものですが。

 第4楽章は、宇野功芳氏によるパレー盤CDライナーノートではソナタ形式、属啓成氏の『名曲事典』ではロンド形式と書かれており、ミスか誤植でない限り二つの解釈が成り立つというところからして、もうこれはモーツァルトやベートーヴェンとは違う音楽なのでしょう。この曲が作られたのは1907年なので、時期的にはベートーヴェンよりもマイルスに近いのです。ソナタ形式を意識させるような古典的構成感が伝わってこないのは第1楽章と同様。これはもしかすると曲のせいではなく指揮者アシュケナージの限界によるものなのでしょうか。

 そういうわけで、聴きどころは第1楽章で書いたことと大差ありません。さらに、以前にハイティンク指揮(ピアノはアシュケナージ)のピアノ協奏曲を取りあげたときに書いたのと同じことが、そのまま当てはまるともいえましょう。

 想像してみますと、1980年代前半のデッカのスタッフは、久々に録音を再開したコンセルトヘボウにおいては本来の〔デッカ調〕の音響設計をまだ確立しきれていなかったと思われます。ホールとオーケストラの強い個性がそのまま素直に捉えられ、フィリップス録音にも共通するたっぷりとした音場感(コンサート・プレゼンス)とデッカ固有のピーンと張りつめたようなシャープネスとが奇跡的なバランスで結びつき、ほの暗く重厚広大にして鮮烈なオーケストラ録音となったのです。しかしこれは解像度を重視し明るめのサウンドでまとめるデッカ本来の個性とは必ずしも一致しません。ですので、1980年代の後半になると徐々に方向修正がなされていったと考えられます。

 シャイー時代になってコンセルトヘボウ管の音が変わったという意見を多く見かけますが、実演ではなくデッカのCDを聴いてそのように判断したのであれば、オーケストラ自体の変化はこの録音ポリシーの変化によって実際以上に増幅されて聴こえたはずです。たとえその後で実演を聴いても、そういった印象が固定観念になっている人も多かったのではないでしょうか。

 

 CDと関連盤

 

 このディスクは何度も再発されていますが、国内盤では1996年に出た二枚組(交響曲第1〜3番を収めたもの)が最新のようです。輸入盤では、それらに「交響曲舞曲」「死の島」「鐘」を追加した三枚組が1998年にスリム・ケース仕様で出ましたが、それをプラケース仕様としたものがつい先日再発売されたばかりです。どうせなら「ユース・シンフォニー」と「3つのロシアの歌」も入れて全録音を集成すればすっきりするのですが。

 最後にこの曲を、コンセルトヘボウの次期シェフであるマリス・ヤンソンスのCDを少し聴き比べました。サンクト・ペテルブルク・フィルを指揮した再録音盤で、EMIによるものです。どうも面白くありません。アシュケナージ盤よりもずっと剛毅な印象で、これはこれで悪くないのでしょうが、オーケストラやホールの個性の違いによるものか録音がよくないのか、なんとも魅力に乏しいサウンドなのです。

 またコンセルトヘボウ管によるこの曲の録音としては、コンドラシンが指揮したライヴが非正規盤で出ております。これは一部でたいへんな名演とされているものですが、聴いてもあまりピンと来ませんでした。少なくともサウンド面でアシュケナージ盤に及ばないのは、本拠地ではなくロイヤル・アルバート・ホールでのライヴ録音だからでしょう。これはプロムスでの演奏なのでBBCの放送が音源になっていると考えられ、BBCレジェンドのシリーズなどで正規発売される可能性があります。

 

(2004年7月17日、An die MusikクラシックCD試聴記)