ラフマニノフ&サン=サーンス 〜ダヴィドヴィッチとヤルヴィによる協奏作品を聴く

(文:青木さん)

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 2010年5月末にエサ=ペッカ・サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団の来日公演を西宮で聴きました。期待をはるかに上回る充実した演奏が展開されて大いに満足したんですが、そこで買ったプログラム(内容の割に安い!500円!)の中に、ちょっと気になった記述が。1983年頃にハイティンクが客演したときの想い出をある楽団員が語っていて、1950年代に初めて指揮したときと同じ響きがすることにハイティンクが驚いたというのです。フィルハーモニア管ってそんなに個性的な音やったかいな? と開演前にそれを読んで疑問を抱くも、実際に聴いて納得。ブレンド感のあるやや暖色系のそのサウンドは、ヘボウやカペレには及ばないものの方向性が意外にも似かよっていて、実演で聴いたロンドン響やロンドン・フィルよりずっと味のあるものでした。

 そういえばハイティンクとフィルハーモニア管の80年代の録音があったことを思い出し、そうなると猛烈に聴きたくなってしまったそのCD、ラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」。アシュケナージとのピアノ協奏曲全集中で、この曲だけがコンセルトヘボウじゃなかったことでよい印象を持っていなかったのに、それをこうして聴きたくなる日が来るとは・・・などと考えつつ帰宅してCDを探しますが見あたらない。ヘボウとの4曲のピアノ協奏曲だけを2CDに収めた輸入盤を後で手に入れたので、パガニーニ狂詩曲の入ったそのCDは中古ショップに処分したということを、ようやく思い出しました。しかしこれでは気持ちが治まらぬ。代わりに取り出したこのCDを久々に聴いて、こんな演奏だったかとびっくり。というわけでようやく本題に。

 

 

CDジャケット

ラフマニノフ
パガニーニの主題による狂詩曲 Op.43
サン=サーンス
ピアノ協奏曲第2番 ト短調 Op.22
ピアノ:ベラ・ダヴィドヴィッチ
ネーメ・ヤルヴィ指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1981年6月1-2日 アムステルダム、コンセルトヘボウ大ホール
フィリップス(国内盤:日本フォノグラム 32CD185)

 サロネンのシベ2は北欧情緒みたいなものを重視せず、ガッチリ立体的に構築した力強くシンフォニックな演奏でした。中でも驚いたのは凄まじい音量で完璧に吹きまくる金管群、おまえらはシカゴ響か!といいたくなったほどで、乱暴にいえば北米のオケのダイナミックな機能性と欧州のオケの伝統的味わいが融合したようなオーケストラ・サウンドだったのですが、それに似た音がこのコンセルトヘボウのCDからも聴こえてくる。これは耳の錯覚か。一週間の時間を置いて再聴しても、印象は同じでした。

 音の厚みはほどほどなのに音量が大きく、力感に満ちている。まるでショルティを思わせるこの豪快さ剛毅さは指揮者ヤルヴィの持ち味。それは彼の英シャンドスでの諸録音にも共通していた特徴でしたが、これが蘭フィリップスおよびコンセルトヘボウの個性と結びついたことで、この独特のグラマラスなサウンドが生まれたんでしょう。聴いていてワクワクします。

 とはいえ、そんな音がふさわしい楽曲なのか。確かにサン=サーンスは、違和感というほどのことはないものの、もう少々の軽妙さが欲しくなる場面もあります。でもラフマニノフのほうはまったく問題なし。すばらしい。これにはダヴィドヴィッチが弾く独奏ピアノの貢献も大きいと思います。粒の揃った音の美しさ、いかにもラプソディックな緩急の妙、そしてこういう曲だからといってことさらに技巧をひけらかすことのない、その粋なセンス。ライナー指揮シカゴ響を従えたルービンシュタインのRCA盤とはまったく異なる演奏で、こちらのほうが個人的には好みですねぇ。オーケストラとのバランスも理想的。精巧な工芸品を思わせる名演の名録音だということに、いまさらのように思い至りました。

 続くサン=サーンスのコンチェルトも、この流れで聴く限りでは、実に楽しい聴きものになっています。三楽章形式ながら緩徐楽章がなく、いきなりピアノのカデンツァで始まるなど、かなり自由な形式。これをダヴィドヴィッチはキラキラした美音で奏でていくのですが、豪放で威勢のいいオーケストラとの関係がユニーク。演奏面ではコントラストを成しつつも、響きの美しさの面ではみごとに協調し、なかなかおもしろいバランスです。軽妙さを求めなければ、じゅうぶん満足。「コンセルトヘボウの名録音」に遅まきながらランク・インです。

 このアルバムは1981年の録音で、日本では1985年のCDが初出とのことですが、あちらではLPでも出たのでしょう。23分の曲が二曲だけ。どちらもメインを張るにはウリが弱そうな作品です。ダヴィドヴィッチは決して派手な存在じゃなかったし、ここでは「イェルヴィ」と表記されているヤルヴィも当時はまだまだ知られていなかったと思います。現在ではありえないような、この地味な企画性。万事余裕があったLP時代の最後の遺産、といったところでしょうか。

※フィリップスから出ていた「世界の5大ホールの響き」シリーズの「アムステルダム、コンセルトヘボウ」篇に、サン=サーンスの第1楽章が収録されています。

 

(2010年6月17日、An die MusikクラシックCD試聴記)