コンセルトヘボウ管弦楽団の奏者
文:青木さん
オーケストラについて語るのなら、楽団の花形奏者の列伝、という項を設けたいところです。彼らの経歴、演奏の特徴、楽団との関わり、種々のエピソード、ソロを聴くことのできる録音の紹介…等をまとめていくことで、オーケストラのプロフィールに厚みや幅を持たせることができるに相違ありません。しかしいかんせん情報がない。これが例えばシカゴ響ならばトランペットのアドルフ・ハーセスやホルンのデイル・クレヴェンジャーをはじめ、何人もの奏者の名が挙げられますしいくつかのネタも浮かんできます。ところがコンセルトヘボウ管弦楽団では、残念ながらそれは皆無であります。
いや一人、元コンサート・マスターのヘルマン・クレバースだけは例外なのでした。彼の名は例えばハイティンク指揮のリヒャルト・シュトラウス「ツァラトゥストラはかく語りき」や「英雄の生涯」、コンドラシン指揮のリムスキー=コルサコフ「シェエラザード」等でヴァイオリン・ソロの担当者としてクレジットされていますし、1970年代半ばには自らソリストとなってベートーヴェンやブラームスのヴァイオリン協奏曲をハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団と録音しています。またコンセルトヘボウ関係以外でも、バッハ等バロックのアンサンブルや室内楽の録音でもその名を見かけます。
クレバースのCDは「ダッチ・マスターズ」シリーズで何枚か復刻されています。そのブックレットにはバイオグラフィが掲載されているのでさっそく見てみると…こりゃいかん、すべてオランダ語であります。正確には「何語かさえわからない」のですが、常識的に考えてオランダ語でしょう。なんとなく雰囲気で想像できるのは「1923年生まれ」「1950年にハーグのResidentie管弦楽団のコンサートマスター」「1962年コンセルトヘボウ管弦楽団に入団」の3点のみ。情けない。
また、諏訪内晶子の自伝『ヴァイオリンと翔る』(日本放送出版協会,1995/2000)では、1988年のパガニーニ・コンクールの受賞記念パーティで彼女に声をかけてくる審査員の一人として登場します。この中でクレバースは「アムステルダム王立音楽院ヴァイオリン科の主任教授で元コンセルトヘボウ管弦楽団の首席コンサートマスター」であり、「オランダを代表する名ソリストとして欧州楽団の尊敬を一身に集めている」「フランク・ペーター・ツィンマーマンの育ての親としても世の注目を浴びている」と紹介されています。
「シェエラザード」といえば、1993年録音のシャイー盤ではヤープ・ヴァン・ツヴェーデンがソロを担当しており、彼が当時のコンマスだったと推定されます。このCDの国内盤ライナー・ノーツでは残念ながら彼の紹介はなされていません。ツヴェーデンの名は他にも、例えばレナード・バーンスタイン指揮のマーラー交響曲第4番(1987年録音)等にクレジットされています。そして彼はその後ソロ・アルバムを出しており、リームの「歌われし時」(1995年録音、左写真)でコンセルトヘボウ管弦楽団と共演していますが、カプリングされたショスタコーヴィッチのヴァイオリン協奏曲第1番(1994年録音)ではエド・デ・ワールト指揮オランダ放送フィルがバックであり、ライナーノーツでもやはり紹介されていないので、その時まだコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサート・マスターだったのかどうかは明らかではありません。彼の風貌についてはジャケット写真で大いに明らかにされていますが。
またコンセルトヘボウ管弦楽団には付属の合唱団があるらしいものの、その実態も不明です。録音歴を調べた限りでは、1970年代までの合唱入り作品にはオランダ放送合唱団が起用されており、1980年のハイティンク指揮ベートーヴェン交響曲第9番のライヴ盤ではじめてコンセルトヘボウ管弦楽団合唱団が登場、その後1980年代の録音ではずっと起用されているものの、1987年録音の第9再録音以降はまたオランダ放送合唱団に戻っている。その間だけ存在していたということでしょうか、今は録音に起用されないだけなのでしょうか。
ちなみに、コンセルトヘボウ管弦楽団の首席奏者等によって構成される「オランダ室内楽アンサンブル」というものがあるそうです。これも詳細は不明。これが例えばシカゴ響なら、シカゴ交響合唱団もシカゴ・プロ・ムジカも、必要最低限の情報があるのですが。
最後に楽団員の待遇について。上で引き合いに出したシカゴ響にこと寄せて無理やり話をつなげるようですが、ゲオルグ・ショルティがその自伝(日本版は木村博江訳,草思社,1998)で少し言及しているのです。シカゴ響に限らずアメリカのオーケストラは非常に待遇が恵まれているのに対して、ヨーロッパで肩を並べられるのはベルリン・フィルとコンセルトヘボウ管弦楽団ぐらいだとのこと。これらは給料も良く仕事の回数も抑えられている。ウィーン・フィルは経済的には安定しているものの仕事面では猛烈に酷使されている。イギリスのオーケストラはアメリカのように寄付金に頼ることができないので経済面で苦しく、奏者はアルバイトに精を出さざるを得ない。逆に時間的に余裕があれば教育を充実できる。こういった要素もオーケストラの演奏の質に大いに影響するのだという、考えてみれば当然の事実を、ショルティの率直な記述によってわれわれは知ることができるのでした。
(An die MusikクラシックCD試聴記)