コンセルトヘボウ管弦楽団のプロフィール
文:青木さん
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(Royal Concertgebouw Orchestra)、略称RCO。1988年に改名されるまではアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団(略称ACOまたはCOA)を名乗っていたので、その方に馴染みがあるという方もいらっしゃるはず。その改名当初は王立アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と訳されていた時期もありましたし、またACO当時アムステルダムを冠せず単にコンセルトヘボウ管弦楽団(CGO)とする表記もありました。正式名では長いし略称ではなんとなく雰囲気が出ませんので、以下では「コンセルトヘボウ管弦楽団」と表記することにします。
コンセルトヘボウ管弦楽団は世界的にトップ・クラスのオーケストラであることに異論は出ないと思われます。少なくとも日本でオーケストラの人気投票でもすればベスト・ファイヴ入りはおそらく確実でしょう。にもかかわらず、一般的な人気や話題度や情報量は、上位二者に大きく差をつけられているのが実情です。すなわち一がウィーン・フィル、二がベルリン・フィル、三四五六がなくて七がコンセルトヘボウ管弦楽団かシカゴ交響楽団、といったところでしょうか。このオーケストラのことをいろいろ調べようにも、ウィーン・フィルやベルリン・フィルなら関連書籍がいろいろ出版されているのに対して、コンセルトヘボウ管弦楽団の本など見たことがありません。いろいろなオーケストラが網羅的に紹介されたものならいくつかありますが、ここではまず、コンセルトヘボウ管弦楽団のプロフィールとして、ちょっと違うものを参照(というか引用)します。
《1888年に設立されたオランダのオーケストラ。初代常任のケスのあと、メンゲルベルグが50年間常任をつとめ、その間に世界の5大オーケストラの一つと言われるまでになりました。その後ベイヌム、ハイティンクとヨッフムの二人と常任が受け継がれ、現在はシャイーが常任指揮者と音楽監督を兼任しています。このオーケストラはいくらかくすんだ、しかし艶やかな、いぶし銀のようなサウンドを持っていることが大きな特色です。その魅力はシャイーの指揮の下でよく発揮されていますが、最近ではより現代的な感覚をも兼ね備えたオーケストラとして評判です》
これは『INVITO ポリグラムクラシックCD・LD総カタログ1995』という、ドイツ・グラモフォン、デッカ、フィリップスの総合カタログの巻末に掲載されている「演奏者プロフィール」のコンセルトヘボウ管弦楽団の項目を引き写したものです。一般の書籍等の一部を丸写しすることにはいろいろ問題がありますが、これはレコード会社が宣伝用に制作し無料で配布したカタログなので、まったく問題がないとは断言できないものの、まあ許してもらえるでしょう。
これによるとさっそく「5大オーケストラの一つ」となってますね。ではこのカタログで他のオーケストラはそのへんがどう表現されているかといいますと、
- シカゴ交響楽団…《世界で最上級のオーケストラとされる》
- ベルリン・フィル…《常に世界最高のオーケストラとして君臨している》
- ウィーン・フィル…(独特の個性の描写に終始し、ランク的な言及はない)
という調子でして、微妙な表現の差異にレコード会社宣伝部員の苦労がうかがえたりもするわけですが、なるほどたしかにこれが各楽団の位置づけの最大公約数的見解というものでありましょう。
次にオーケストラの特徴としては、「いくらかくすんだ、しかし艶やかな、いぶし銀のようなサウンド」となっていて、わざわざ「大きな特色」と強調されています。出ましたね、いぶし銀。ではまた他のオーケストラと比較してみましょう。
- シカゴ交響楽団…《音の美感のすばらしさ/驚くばかりに正確な合奏能力/多彩な表現力》
- ベルリン・フィル…《特別に優れた機能美と表現力》
- ウィーン・フィル…《独特の熟成した美しい音色とマイルドでエレガントな表情》
- クリーヴランド管弦楽団…《精緻なアンサンブルとバランスの良い音楽性》
- モントリオール交響楽団…《色彩的な音色と精緻なアンサンブル、デリケートな響きと表情》
- パリ管弦楽団…《管楽器の響きはすばらしく/まばゆいばかりの色彩的な音色》
きりがないのでこのへんでやめますが、どうもこれではイメージ先行型といいますか、あまりに類型化しすぎではないかと心配になってきます。しかしレコード会社の販売促進策の一環として作成されたこれらの文章を並べてみると、やはり結局のところはこれが世間的な認識を如実に巧みに表現しているのではないかという思いも否めないわけでして、つまりは華やかでも機能的でもない「いぶし銀」サウンドが、世界一ではないけど5大オーケストラの一つではあるコンセルトヘボウ管弦楽団に与えられた、標準的典型的イメージであり識別記号であると、とりあえずは認識するところからスタートせざるを得ないのでありましょう。
なお、引用したプロフィールの中で、「その魅力はシャイーの指揮の下でよく発揮されています」という部分には、おそらく異論反論いろいろ出ると思われます。ハイティンクが数年前のインタビューで「コンセルトヘボウはすっかり変わってしまった」と否定的な評価をしていたのも、おそらくその一つなのかもしれません。
(An die MusikクラシックCD試聴記)