フィリップスの録音

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CDジャケット ここでは、フィリップスの各種廉価シリーズのカタログに掲載されてきた「フィリップス物語」と「フィリップス・クラシックス・サウンド」をテキストにします。まずフィリップス独特のレコーディング方式としては、プロデューサーがサウンド・エンジニアを兼ねてマイクのセッティングからミキシング・コントロールまで自ら手掛ける、というシステムが挙げられます。その代表的な存在がヴィットリオ・ネグリで、イ・ムジチのプロデューサーを永年務めた彼は、ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院で指揮法を学び音楽学者としてバロック音楽の校訂を行うという音楽家としての一面も持ち、さらにサウンド・エンジニアとしてデイヴィス指揮コンセルトヘボウ管弦楽団の「春の祭典」の名録音をはじめ数多くを手掛けてきたという人物。

 あるいはフォルカー・シュトラウス、彼がプロデューサー兼バランス・エンジニアとしてクレジットされているハイティンク指揮コンセルトヘボウ管弦楽団のベートーヴェン交響曲全集では、「制作ノート」として1〜8番と9番の音量バランス調整方法を自ら解説したりしています。シュトラウスは『200CD クラシックの名録音』(田中成和・船木文宏編,立風書房,1998)で一頁を割いて紹介されており、これによると1960年にフィリップス入社した彼が「音楽に暗いエンジニアが傍らにいてもいい仕事はできない」として一人ですべてをこなす方式を確立し、フィリップスの基礎を確立した、とされています。重要人物です。

 次に、フィリップスにおけるレコーディングのプロセスはどのようなものなのでしょうか。抜粋してみましょう。

《録音が決定されるとアーティストの承認を得て適切な録音会場が選ばれます。当初からフィリップス・クラシックスは常に、すぐれた音響効果をもつホールでの録音を行ってきています。アムステルダム・コンセルトヘボウ、ウィーンのムジークフェライン、ボストンのシンフォニー・ホールなどです。》

《当然ながらこのことは、フィリップスの品質の高さに誇りをもたらしています。》

《フィリップス・クラシックスのレコーディング・オペレーションのベースはオランダのアムステルダムから約40キロメートル、バーンという小さな町にあるフィリップス・レコーディング・センターです。》

《このレコーディング・センターでは、録音後のあらゆる活動が行われています。新しい録音の編集やミキシング、昔のアナログ録音のデジタル化や再ミキシングなどを行ったり、またマスターリングを行いCD、MC、LP、DCCなど様々なサウンド・キャリアーを工場で生産するためのテープを準備しています。》

レコーディング・センターにはミュージカル・アプルーヴァル(音楽承認)部門があり、フィリップス・クラシックスの全ての録音は、その芸術的・技術的品質について精密なチェックをうけることが条件づけられており、ミュージカル・アブルーヴァルに合格したものだけが、工場での生産にまわされることが許されます。

 工程はこれでわかるものの、欧州調とも落ち着いた色調とも描写されるあの独特の「フィリップス・サウンド」の秘密を解明できるには至りません。しかし想像はできます。フィリップスが最初の録音から既にコンセルトヘボウ大ホールを使用していたという事実。翌年からベイヌム指揮コンセルトヘボウ管弦楽団の演奏が、すなわち1951年から1959年までに、もちろんコンセルトヘボウ大ホールにおいてLP約30枚分も録音されたという事実。つまりフィリップスの録音ノウハウはコンセルトヘボウでの実作業を通じて確立されていったのです。コンセルトヘボウ管弦楽団がハイティンクという指揮者をある意味で育てたように、フィリップスの録音技術はコンセルトヘボウによって形成された。だから他のホールでもコンセルトヘボウのように録音してしまう。フィリップス・サウンドとはつまり、コンセルトヘボウ・サウンドそのものなのではないのでしょうか。そう考えると、他社のコンセルトヘボウ録音に感じる物足りなさも理解できます。フィリップスがコンセルトヘボウで行うコンセルトヘボウ管弦楽団の録音は、他の組み合わせとは別格の、まったく特殊な存在なのです


(An die MusikクラシックCD試聴記)