「私のモーツァルト」
ジョージ・セル指揮の交響曲第40番を聴く

文:伊東

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CDジャケット

モーツァルト
交響曲第39番 変ホ長調 K.543
交響曲第40番 ト短調 K.550
モテット「エクスルターテ・イウビラーテ」K.165
ジョージ・セル指揮クリーブランド管
ジュディス・ラスキン(ソプラノ、K.165)
録音:

  • 第39番=1960年3月11日、クリーブランド、セヴェランス・ホール
  • 第40番=1967年8月25日、ロンドン
  • モテット=1964年5月11日、クリーブランド、セヴェランス・ホール

SONY(国内盤 SRCR 2541)

 セルという指揮者を私は生で聴いたことがありません。セルは1970年に来日していますが、その直後に亡くなっています。私がクラシック音楽を聴き始めたのはその7年後です。録音を通してこの指揮者の演奏を確認するしかありません。

 しかし、私の考え過ぎかもしれませんが、セルについては録音を聴く前に、活字によって良からぬ印象を持ってしまう人が少なくないのではないかと思っています。セルが手兵であるクリーブランド管の団員に完璧なアンサンブルを求め、それは実現できたものの、団員からは忌み嫌われたとか。そうした前口上に接してしまうと、セルの演奏もその人格を反映した非人間的なものに思えてきます。「完璧なアンサンブル」という言葉も冷たい無機的な印象を与えかねません。

 虚心坦懐にCDを聴いていくと、こうした印象は全くこの指揮者に当てはまらないと分かります。実際に彼がどのような人格の持ち主だったか私は追究する気もありませんが、CDで聴く演奏は少なくとも非人間的でもないし、冷たくもなく、無機的でもありません。それどころか、セルの演奏からはこれらネガティブな言葉をそっくり逆にしたものを感じることができます。しかも、それらを常に洗練された形で聴き手に届けてきます。

 モーツァルトの交響曲第40番の演奏を聴くと、彼がひとかたならぬ情熱を傾けてこの曲を演奏しているのが分かります。どうもこの指揮者は心の中で燃えているらしい。しかし、この指揮者は燃えているからといって形を崩すようなことはしません。非常に冷静に、精緻きわまりないアンサンブルを作り上げながら演奏し続けます。ここがセルの面白いところで、職人としての矜持が彼をコントロールしていたに違いありません。

 このモーツァルトは情熱を込めて、それでいて格調の高さを感じさせる全く見事なもので、完全に「オンリー・ワン」の価値を持っています。セルとクリーブランド管の残した優れた「瞬間の記録」です。何度聴いても音楽として優れていると思います。もしセルとクリーブランド管のアンサンブルだけが優れているのであれば、とうにクラシック音楽の世界で忘れられた存在になっていたはずです。オーケストラの技術的向上が著しいと言われる昨今に、40年から50年も前の古い録音が聴き継がれるのは演奏に指揮者の誇りに満ちた刻印があるからです。

 それにしてもこのオーケストラはなんて巧いのかと聴いていてほれぼれとします。弦楽器の素晴らしさは言うに及ばず、木管セクションの美しさはいったい何と表現したらよいのか言葉を思いつきません。この圧倒的に高い技術があればこそ、格調の高い演奏が可能になっているわけですね。心さえあればよい演奏ができるわけではありません。セルはおそらく、そう思っていたと私は確信しています。

 ところで、この国内盤のCDジャケットを見ると、とても重厚なモーツァルトが聴けそうな感じがします。実際はそうではないのですが。録音当時はシンフォニックに響かせる演奏をしていた指揮者もいたと思いますが、セルは弦楽セクションも人数を絞り込んでいるように私の耳には聞こえます。が、CDジャケットをよく見ると4管編成です。4管編成? 交響曲第40番の場合、フルート1、オーボエ2、ファゴット2、ホルン2で、後にクラリネット2が加わった程度の小さな編成です。4管編成などあり得ません。メーカーとしては「オーケストラ曲のCDであること」を強調したいのでしょうが、鑑賞の邪魔になるのではないかと私は思っています。

 なお、この曲のSACD(輸入盤)をご紹介しておきましょう。さすがに4管編成のジャケットではありません。

SACDジャケット

SACD
SONY(輸入盤 SS 89340)
曲目は上記国内盤と同じ。

 セルの録音がSONYからいくつかSACDで発売されていますが、どれもSACD化が成功しているようで、このモーツァルトも下手な最新録音盤よりずっと優れていると私は思っています。国内盤の音に金属的な硬さを感じる方にはお勧めです。私はこのSACDの登場で、国内盤を聴くことがほとんどなくなりました。残念なのはハイブリッド盤でないことです。

 なお、セルのモーツァルトをまとめた3枚組CDが輸入盤で出ています。全てが良質なステレオ録音で、演奏も上記40番同様格調高いものばかりです。SACD化を心待ちにしています。

CDジャケット

交響曲第28番、第33番、第35番「ハフナー」、第39番、第40番、第41番「ジュピター」
セレナーデ「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」
セレナーデ「ポストホルン」
モテット「エクスルターテ・イウビラーテ」
「フィガロの結婚」序曲
録音:1957年〜1969年
SONY(輸入盤 SM3K 46515)

 

(2006年6月18日、An die MusikクラシックCD試聴記)