「この音を聴いてくれ!」
第4回 コンセルトヘボウ管でマーラー交響曲第7番を聴く
■ シャイー指揮コセルトヘボウ管のマラ7を聴いて快感を覚える私は変な人!?
文:岩崎さん1.アルフォンス・ディーベンブロック:大いなる沈黙の中で
2. マーラー:交響曲第7番ホ短調「夜の歌」ホーカン・ハーゲゴード(バリトン)(1)
シャイー指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
録音:1994年2月(1);1994年4月(2)、コンセルトヘボウ
プロデューサー:アンドリュー・コーナル
エンジニア:スタンリー・グッドール(1)/ジョン・ダンカーリー(2)
LONDON/DECCA(国内盤POCL-9644/5)この企画を見たときに私が真っ先に思いついた演奏、それが上記のCDです。実はこの演奏を紹介するのはこれが初めてではありません。『アメリカ東海岸音楽便り』の《私のお気に入りCD》でも一度紹介したことがあります。また『コンセルトへボウのシャイー』で青木様やFoster様のコメントを読むことも出来ます。それなのになぜ再び取り上げようと思ったのか、それはまさしくこの企画の募集要項がこのCDにぴったりだと思ったからです。
私がこのCDに出会ったのは大学生のころ、それまでにもマーラーの交響曲第7番を聴いたことはありましたが、そのイメージは陰鬱で、しかも支離滅裂。たとえ、それがこの曲の本質だとしても、とても自分からは進んで聴こうという気にはなれませんでした。ところがです。こんな私のこの曲に対する印象は、このCDを聴いて吹っ飛んでしまったのです。そのときの衝撃は忘れられません。「こんなに明るくて、楽しくて、美しくていいのか!」というものでした。この曲が聴いていて楽しくて仕方なく、何回でも繰り返し聴けたのです。信じられますか、あなた!?
この演奏を聴いて先ず私の心を捉えた(笑ってしまった)「音」が第三楽章のヴァイオリンが「キューン」と音をずり上げるところ(時間表示1:18〜)です。いやー素晴らしい。ここまで思い切ってやられると、本当にすがすがしいですね。この「音」はその後も繰り返しこの楽章で登場します。そのたびに私は快感を覚えニヤリとしてしまうのです。この「音」を聴くためにこの楽章だけをとりだし、なんども繰り返し聴くほどです。試しにこの部分、他の演奏で聴いてみてください。なかなかここまで思い切った演奏を見つけるのは難しいと思います。そして、この演奏を聴いてしまった後、他の演奏を聴いても、なんとも味気なく満足できないようになれば、あなたも私と同類と言うわけです(笑)。
もちろんこのヴァイオリンの音を始めとして、シャイーの表現は吹っ切れており、全編にわたり色彩感豊かな明るい美しい響きが次から次へと楽しませてくれます。他の聴き所と言っても、コンセルトヘボウ管の上質の響きが聴ける全箇所が聴き所なのですが、もうひとつだけ気になる「音」を上げておきますと、それはティンパニの音です。特に最終楽章のティンパニはこの曲のためにメンゲルベルクが考案したとされる、メンゲルベルク・ティンパニが使用されています。その深く暖かみのある音にも注目です。
この素晴らしい録音に大きく寄与しているが、シャイーの要求に十二分に応えたロイヤル・コンセルトへボウ管弦楽団の柔軟性と、その色彩感溢れる素晴らしい響きであるのは言うまでもありません。そして、もう一つ忘れてはならないのが、その素晴らしい演奏を十二分に捉えきったDECCAによる録音陣です。マルチマイクの録音にありがちな妙に楽器が浮き上がるような不自然さは皆無で、会場であるコンセルトヘボウの豊かな残響も取り入れつつ、素晴らしいステレオ空間が展開されます。
もう一度書いておきますが、この演奏は徹頭徹尾明るく楽しく美しいマラ7です。はっきり言って、マラ7の異端児なのかもしれません。もし、マーラーの演奏に通常言われるような「深い情念」だとか「死の恐怖」とかを求めるのなら、他に選択肢はいくつかあります。しかし、だからこそ、この演奏はマーラーの交響曲第7番の新境地を開拓した希有な存在であり、長く残っていく演奏だと言えるのでないでしょうか。シャイー&コンセルトへボウ管によるマーラー・チクルスは残すところ、3番(近日発売)と9番だけになりましたが、現在までの最高傑作は、私はこの7番ではないかと思っています。そして、このCDを超えるものを作り出すのは、至難の業ではないかと感じています。この予想が良い意味で裏切られることを期待して終わりにしたいと思います。
(2004年4月7日、An die MusikクラシックCD試聴記)