「この音を聴いてくれ!」

第3回 シカゴ響の「展覧会の絵」

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  ■ シカゴ響の「展覧会の絵」 (文:青木さん)
CDジャケット

ムソルグスキー(ラヴェル編曲)
組曲「展覧会の絵」
〔スクリャービン「法悦の詩」を併録〕
ネーメ・ヤルヴィ指揮シカゴ交響楽団
録音:1989年11月27-28日 オーケストラ・ホール、シカゴ
Recording Producer:ブライアン・カズンズ
Sound Engineer:ラルフ・カズンズ
シャンドス CHAN8849 (国内盤:ミュージック東京 NSC211)

 

 シカゴ交響楽団の数ある録音の中で、このオーケストラ特有の個性を良好な音質で堪能するのに最上と思われる一枚。

 一般にメジャー・レーベルによるオーケストラ録音は総合的な完成度は高いものの、どうしても作為的な部分が感じられることも多い。マーキュリーのワンポイント録音はより自然だが、シカゴ響に関してはすべてモノラルだ。最小限のマイクによるナチュラルで上質の録音を特徴とする英シャンドスが、オーケストラの魅力を満載したこの曲を、メディナ・テンプルではなくオーケストラ・ホールでスタジオ録音してくれたことは、本当に幸運だった。

 とはいっても出てくる音は決して常識的なバランスではない。金管楽器がかなり目立っているのだ。しかし・・・実はこれがこのオーケストラ、このホールの本来の響きなのではなかろうか。シカゴ響の商業録音が実演と比べてバランスが整いすぎているということはしばしば指摘されるし、デッドで鳴りのよくないオーケストラ・ホールを本拠地にしていたせいでこのオーケストラは金管が強力になったという意見さえある。そこに真実が含まれるとすれば、まさにその飾らない「本物の音」が、このディスクには捉えられていることになる。

 このCDで聴かれる金管楽器の圧倒的に生々しいサウンドは、実に魅力的だ。無理に強奏している感じではなく、それだけに各楽器に固有の音色が美しくもカラフルに鳴り渡る。その効果がもっとも発揮されるのは冒頭の「プロムナード」やコラール風の「カタコンブ」。耳をつんざく大音響ではないのに、実に力強い手ごたえを感じさせるのが素晴らしい。またオーケストラ全体の中で普通よりも金管の音量が大きい強い部分も、「サミエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」のラストをはじめ、あちこちにある。しかしそのようなバランスにもかかわらず、全体としての音場感が豊かで奥行きも空気感もあるために、不自然な印象は受けない。多めに取り入れた残響が効いているのだろう。絶妙だ。

 ヤルヴィはオーケストラを十分に鳴らすことでスケール感を醸し出そうとしているようで、概して落ち着いたテンポ設定もその一環と思われる。しかし金管が出てこない三部形式の「テュイルリー」に限って、木管が活躍する両端部に挟まれた弦主体の中間部でテンポをグッと落としてメリハリをつけているあたり、なんとなく意味深長だ。またこのCDではトランペット、サックス、テューバのソロイスト名がわざわざクレジットされており、これも金管重視のサウンドとリンクしているようで面白い。トランペットのソロはもちろんアドルフ・ハーセスで、その輝かしい演奏もよい音で捉えられている。

 「バーバ・ヤーガの小屋」の冒頭部などは、同じシカゴ響でもデッカのショルティ盤のような強烈さはない。このヤルヴィ盤と比較すると、打楽器をオンマイクにし弦の威圧感を強調しているデッカの録音が、やや不自然なものに思えてしまう。ま、無理にそんな比較をしなくても、このシャンドス録音の美しくナチュラルな音場感は実に好ましいし、その中で結果的に金管が自然に目立ってしまったと思しきシカゴ響の個性にもまた楽しいものがある。

 CDブックレットの録音データ欄の冒頭に”A Chandos Digital Recording”と太字で誇らしくクレジットするシャンドスの、丁寧で質の高い仕事ぶりを感じさせる名録音。それがシカゴ響という類まれなるオーケストラの個性と幸福な結合を果たしたこのCD、ぜひご一聴をお薦めする次第です。レコ芸は推薦なさってらっしゃらなかったようですけど。

  ■ このCDに関連して
 

国内盤は、輸入盤に解説を付けて国内仕様としたものが1991年2月に出ていたが、シャンドスの国内発売元が(株)東京エムプラスとなった現在は流通していない。輸入盤は今も時々見かける。

シカゴ響による「展覧会の絵」は、ショルティ(1980/デッカ)、ジュリーニ(1976/DG)、小澤(1967/RCA)、ライナー(1957/RCA)、クーベリック(1951/マーキュリー)らのものがあり、シカゴ響が100周年を記念して自主制作したCDボックスセット(クーベリックの録音を収録)の解説書によると、そのすべてでトランペットのソロをハーセスが吹いているという。また映像版では、ショルティとの日本公演を収録したLD(1990/ソニー)もあった。

ヤルヴィとシカゴ響は同時期にコダーイやシュミットなどのCDを3枚残しているが、それらはいずれもミヒャエル・ヘラーによるライヴ録音であり、シャンドス創始者のブライアンとその息子ラルフのカズンズ親子によって制作されたスタジオ録音――いわば正統・純正シャンドス録音――は本盤だけ。

ちなみにこの時期のシャンドスでは、同じくヤルヴィの指揮でコンセルトヘボウ管弦楽団のCDも4枚作られており(プロコフィエフ、レーガー、ストラヴィンスキー)、最高の録音でコンセルトヘボウ・サウンドを堪能できる極上盤となっております。


2004年4月4日、An die MusikクラシックCD試聴記