「この音を聴いてくれ!」

第2回 ムラヴィンスキーの「悲愴」

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  ■ ムラヴィンスキーの「悲愴」 (文:ゆきのじょうさん)
CDジャケット

チャイコフスキー
交響曲第6番ロ短調 作品74「悲愴」
エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル
録音:1960年11月
DG (国内盤 POCG-90516)

 

 チャイコフスキーの、あまりにも有名な悲愴交響曲の名演奏として必ず取り上げられるのが、ロシア(当時はソ連)の名指揮者エフゲニ・ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルによる1960年11月ウイーンでの録音演奏(ドイツ・グラモフォン盤)です。

 ムラヴィンスキーの「悲愴」というと、私はどうしてもこの音のことに触れずにはいられません。それは音と言っても音楽としての音ではなく、むしろ雑音とも言うべき音です。

 それは、第1楽章、バスクラリネット(本来はファゴット)のソロのピアニシッモから突如プレストでオーケストラ全楽器でのフォルテッシモが始まるところです(楽譜では161小節の終わり、上記CDではおおよそ9分26秒付近に相当します)。ここでよく耳を澄ませると、プレストの強奏が始まる直前に「バララララ」という小さな雑音が入っています 。

 私は大学オケでヴァイオリンをやっていたので、この雑音の正体はすぐピンと来ました。これは弦楽器奏者が一斉に弓を弦の上に置いて、構えた時に出た音なのです。

 すなわち、こういう想像です。提示部の終わり、それまで管のソロが続いていたので、弦楽器奏者は楽器を肩から下ろし待っている。いよいよ出番という直前に奏者たちは一斉に楽器を構えて、一斉に弓を弦の上に置く。その時の弓と弦が触れ合うことで出た雑音が、この「バララララ」だと理解されます。これは、もちろん事前に思い思いに楽器を構えていたのではだめで、全員が一斉に置かないと聞こえません。それがわかったときは、文字通り鳥肌が立つような感銘を受けました。すごい統率力を感じました。

 私は(この曲ではありませんが)実際にこのコンビによる来日演奏会を聴く幸運に恵まれました。その時、私が想像した通りに、弦楽器奏者は出番でないときは楽器を下ろし、出番が来ると一斉に構えていました。これが一分の隙もないように、決まるのです。音を出していない時でも「音楽」をしているのです。それも極上の緊張感をもって・・・

 従って、この「雑音」は、私にとっては「雑音」ではなく、芸術なのです。


2004年4月3日、An die MusikクラシックCD試聴記