ミュージカル
「ウェスト・サイド・ストーリー」を楽しむ

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CDジャケット

バーンスタイン
ミュージカル「ウェスト・サイド・ストーリー」
バーンスタイン指揮オーケストラ&コーラス
録音:1984年
DG(国内盤 F60G 50122/3)

 超豪華メンバーによる有名ミュージカルの録音。キャストは次のとおりです。

  • マリア:キリ・テ・カナワ(台詞 ニーナ・バーンスタイン)
  • トニー:ホセ・カレラス(台詞 アレキサンダー・バーンスタイン)
  • アニタ:タティアナ・トロヤヌス
  • リフ:カート・オルマン
  • ”Somewhere”の歌手:マリリン・ホーン
  • オーケストラ&コーラス:ブロードウェイ内外のミュージシャン達

 作曲者はクラシック音楽の人気指揮者であったバーンスタインです。ということはこのCDは作曲者により自作自演盤ということになりますね。といってもバーンスタインはこのCDを録音するまで「ウェスト・サイド・ストーリー」を指揮したことがなかったそうです。初演は1957年ですから、うれしはずかし久々の我が子とのご対面だったことでしょう。

 さて、このミュージカルは大変な成功を収め、映画にもなりました。映画は1961年のアカデミー最優秀映画賞に輝いています。私も映画を見たことがありますが、あまり好きになれませんでした。しかし、この録音が登場した時には、そのホットな音楽に夢中になり、毎日毎日飽きもせずに聴いておりました。私が持っているのは<映画「波止場」からの交響組曲>を含む2枚組CDです(残念ながらこちらは10分以上聴いたことがありません)。初出以降、いろいろな形で再発されていますが、根強い人気があるのか、どのCDショップでもいまだによく見かけます。台詞抜きの1枚ものもあるようです。が、台詞はやはり残しておいてもらいたいですね。物語の盛り上がり感が欠けますから。

 バーンスタインはこのミュージカルで音楽家としての名声を確立、一生遊んで暮らせるお金を手にしたとされています。しかし、クラシック音楽の指揮者として超一流の才能を持った人でしたから、仮にこのミュージカルが作曲されていなくても、バーンスタインの名は音楽史上に刻み込まれたと私は思います。

 筋は「現代版ロメオとジュリエット」といったところで、対立する若者グループに属する二人が恋に落ち、そして悲劇的結末を迎えるというものです。凶暴な若者達が登場しますから、音楽もダイナミックになります。躍動するリズム、爆発的なサウンドを満載した冒頭の数曲は「シンフォニック・ダンス」としてオーケストラ・コンサートにも載せられる場合が多いようです。

 しかし、このミュージカルの本当においしいところはダンス音楽の部分ではありません。私はやはり声楽が入っているところだと思います。例えば、トニーとマリアが出会って、ラブラブになって歌い始める「トゥナイト」。歌うのはトニー役のホセ・カレラス(入院前です)、そしてマリア役のキリ・テ・カナワ。両者とも録音当時人気絶頂のオペラ歌手でした。オペラ歌手のポップス録音は、オペラの歌唱法がかえって邪魔をして、非常な違和感を感じるケースが多いと私は感じています。が、この二人はさすがにそんな感じはなく、どちらかといえばミュージカルっぽさが出ているほうだと思います。ホセ・カレラスはオペラっぽくならないように、大変な練習をし、苦心して歌ったという話を昔聞いたことがあります。

 また、プエルトリコから出てきた少女達がアメリカを賛美する軽快な音楽「アメリカ」では、アニタ役のタチヤナ・トロヤノスが極めつけの声と歌を聴かせます。オペラ歌手として知られるトロヤノスですが、下町の情緒を完璧に表現しているのです。これは最高の当たり役といえるでしょう。

 聴き所を紹介しているといつまでたっても書き終わらないので、私の最も好きな歌をご紹介します。2枚組CDではDISC 1の15曲目。「トゥナイト アンサンブル」であります。これはトニーとマリアが二人で歌う「トゥナイト」を下敷きに、重要人物が勢揃いして歌う「ウェスト・サイド・ストーリー」最大の見せ場です。若者グループのリーダー達はグループ抗争の山場である今夜(トゥナイト)を迎え、意気盛んです。そしてマリアやトニー、アニタはそれぞれ自分の恋心を歌い上げます。言ってみれば、歌う人物すべてがそれぞれ勝手に別な想いを歌うわけです。バーンスタインはこのわずか4分足らずの音楽に5声の対位法を駆使し、大いに盛り上げています。登場人物の声が次から次へと重なって、めくるめくクライマックスを作っていく様は圧巻で、聴いていると、たちまち気分が高揚してきます。このCDを買って10年以上聴き続けているのに、何度繰り返し聴いても色褪せない新鮮さがあります。

 バーンスタインはこの「トゥナイト アンサンブル」を作曲するのに、あるオペラを参考にしたといいます。それはヴェルディの「リゴレット」だそうです。「リゴレット」第3幕第2場に重要な登場人物がそれぞれ勝手に別な想いを歌うシーンがあります(「いつかあなたに会ったときから」)。そのシーンが頭に焼き付いていたバーンスタインはアイディアをそっくり借用、「トゥナイト アンサンブル」に取り入れたという噂であります。多分本当でしょう。「リゴレット」の四重唱は誰もが聴き惚れる名曲ですし、あの成功にあやかりたいとバーンスタインも考えたに違いありません。ただ、ここだけの話ですが、熱狂的な雰囲気ではバーンスタインの方に分があります。アイディアは借用しても、バーンスタインの卓越した音楽性がなければ人を興奮させることなどできないものです。

 

1999年11月12日、An die MusikクラシックCD試聴記