スターにならなかったであろう指揮者、カイルベルト
文:ファルケさん
■ 実直さと剛毅さと
モーツァルト
交響曲第40番
ブラームス
交響曲第2番
ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイエルン放送交響楽団
録音:1966年12月8日、ミュンヘン、ヘラクレスザール
ORFEO(輸入盤 C553011B)今さらモーツァルトやブラームスでもあるまい、とお思いの方もいらっしゃるであろう。しかしここに聞く両曲は名匠カイルベルトが残した遺産の中でも、最も彼の真価が発揮された価値の高いアルバムと言える(発売は2001年)。
もしフリッチャイやカイルベルトが70年代、80年代まで現役で活躍していたとしたら、世界の指揮界の地図は一体どうなっていたことだろう。カラヤンと同年同月生まれのカイルベルトは、ドイツの指揮者としては当然のように歌劇場からのたたき上げで名声を広めてきた。第二次大戦後初のドレスデン・シュターツカペレのコンサートも首席のポストで振っている。ただし、カラヤンのように旺盛な野心と上昇志向を持つことなく。そしてバイロイトでも活躍した後、なんとバイエルン州立歌劇場の「トリスタンとイゾルデ」の本番中(68年)に、60歳にして急性心不全で急逝してしまったのである。
当盤はそんなカイルベルトの実演の素晴らしさを鮮やかに伝えてくれる。当時としてはオンマイクで、スケール豊かに残響も適度に収録された好録音(ステレオ)であり、また一流とは言えない彼の手兵バンベルク響ではなくバイエルン放送響でのライヴであるということも価値を高めていると言える。
まずはモーツァルトの40番だが、陰影のある深い響きと重厚で推進力のある音楽運びに圧倒される。弦楽パートのコクのある、しかも透明感溢れるキレの良さが素晴らしい。そしてその中から浮かび上がる木管が美しく、センチメンタルではない、実に伸びやかな音楽が自信を持った音楽感を裏付けに展開していく。そのエネルギーに満ちた思い切りの良さも含め、オペラ指揮者としての彼の本領を聞かされる思いだ。まさに「男らしい40番」の代表格の名演と言ってよいだろう。
そしてブラームスの第2交響曲だが、一般に想像されるこの曲のイメージを一新させられる。端的に言えば、ベートーヴェン演奏の延長線上にある、実に硬派な楽曲に仕上がっている。先に述べたモーツァルトでの剛毅さにより充実度が加味され、第1楽章からしてもはやただごとではない。
それでいて人が呼吸するような自然なエネルギーが常に緊張感を伴っていて弛緩することがない。また時にツボにはまった柔らかな歌心を深々と奏でるのも実に美しい。この音楽づくりは全編に渡り、スケールが大きくまた密度の濃い音楽が重厚感とキレを伴って前進していく。
そして第4楽章最後のコーダも必然性のある嵐となってうなり、実に熱く猛烈なエンディングへと突き進む。これ見よがしに歌わない実直さと剛毅さとが生んだ快心の演奏だ。ブラームスの田園交響曲などというニックネームとは別物の凄みがそこにはあり、スタジオ盤のベルリン・フィル盤を大きく上回る熱演である。
当盤は入手しやすいCDでもあり、是非多くの方に聞いていただきたいライヴ演奏の真骨頂が堪能できる名盤と言える。
最後に、カイルベルトはベルリン・フィルなどにも客演しており、放送録音などでのCD化が望まれるが、今後も商業主義とは相容れない、良い意味でのドイツの素朴で誠実な指揮芸術があったことを世に送り出してもらいたいものである。
2004年6月20日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記