クレンペラーのドヴォルジャーク

文:バセム・ハティガニイーさん

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CDジャケット

ドヴォルジャーク
交響曲第9番 ホ短調 作品95「新世界から」
シューベルト
交響曲第5番 変ロ長調 D.485
クレンペラー指揮フィルハーモニア管弦楽団
録音:1963年10、11月、ロンドン、キングスウェイホール
EMI(輸入盤 CDM 7 63869 2)

 オットー・クレンペラーのドヴォルジャークの新世界の演奏にはボヘミアの土のにおいがないそうです。

 しかし、あの曲はそういう内容の音楽なのでしょうか?

 あの曲のなかにアメリカ音楽の素材を使ったということが、当時指摘され、ドヴォルジャークはそれに対して、自分は真似や借り物はしていない、アメリカ音楽の精神で書いたのだ、と反論したというのは、よく知られた話です。

 それに、タイトルも「新世界より」です。

 新世界から自分の故郷のことを語らなければならないでしょうか。外国に暮らす人間は郷愁を覚えることに決まっているのでしょうか。「新世界より」というタイトルには、そんな個人的感傷などとは無縁の、何か積極的なメッセージ性を感じませんか? 新世界に対立するのは旧世界です。そこに「新世界より」何かを言うとしたら、旧世界に恋々とするのはおかしくないでしょうか。西欧大国同士が植民地獲得競争に走り出していた時代に「新世界より」と言うのは、やばい感じもしますが、旧世界に飽き足りない一人のインテリが新世界に感じた魅力を語った音楽だとしたら、どうなのでしょう。ホ短調(ト長調の平行調!)のこの曲は、単純に魅力を謳歌する曲想でもないのですが、だからといって、ノスタルジーなどという出来合いのイメージに閉じ込めてしまうのは、もっとおかしいのです。

 チェコの作曲家ならボヘミアというのは、女性の演奏は女性的あるいは母のごとく(たとえばエディット・ピヒト・アクセンフェルトのシューベルトのソナタのライナーノートにそんなことが書いてありました)、ブルックナーはドイツ的だからロジェストヴェンスキーはやめとこう・・・というのと同列です。今は亡きジュゼッペ・シノポリも、マーラーについて語りながら、自分の演奏をドイツ風かイタリア的かなどと詮索する人たちについて、怒りをこめて語っていたものです。

 各楽章をたどってみましょう。

 第一楽章は、広大な土色の荒野。一見穏やかだが、そこに巨魁な何かが突如出現、風雲の一大ドラマを引き起こす。ノスタルジーなど、みじんもなし。フルートの吹く主題も、ボヘミアとも郷愁とも無関係。あの楽章の最後のフォルテの連打に、ノスタルジーなんかありますか?

 第二楽章は、家路という歌のイメージで割り切るにしては、ずいぶんいろいろと話が展開していって、そっちのほうがずっと大事らしい。最後の消え入るような終わり方に、望郷の念を感じるとしたら、どうかしていませんか。

 第三楽章は、なんと野生的でエキゾチックなのでしょう。特に5〜8小節では、古典的和声からはみ出した和声が野生を感じさせます。このどこがボヘミアでしょう。

 そして第四楽章は、なんと決然たる英雄的な歩みと悲劇性を感じさせることでしょう。それは、同じドヴォルジャークの英雄的歩みの音楽でも、交響曲第8番ト長調とはまったくちがいます。 8番は100パーセント、ボヘミア交響曲ですが(なにがイギリスだ! 日本のイギリスパンと同じくらいわけのわからないネーミングですね)。8番は祖国解放のための進軍ラッパのようなものだから、あくまでポジティヴですが、新世界は悲劇的です。

 グリーンピース日本の事務局長で翻訳家で作家の星川淳氏の著作のいくつかに(たとえば「環太平洋インナーネット紀行」(NTT出版)など)、人権思想の源は奴隷制の古代ギリシャではなく、アメリカインディアンこそ、絶対王政の近代西洋人に「誇り高き自由なる原始人」のイメージを抱かせ、「人間は生まれながらにして自由であり平等である」という近代人権思想の模範となった、きわめて民主的な社会をいとなむ人々であったという記述があります。日本国憲法もこういうわれわれと人種的には同じモンゴロイドの人々の英知に淵源があるもので、西洋の借り物や押し付けではない、というのが星川氏の論旨ですが、氏は、こういうことは米国では知る人ぞ知る事実で、白人が自分たちのプライドのために、隠しているだけだと、どこかで書いていたと記憶します。それを読んで、「新世界=ノスタルジー」という通念に対して私の長年感じていた違和感が俄然活性化しました。

 ドヴォルジャークは、ニューヨークの音楽院に招聘される以前からアメリカに強い関心をもっていました。それは当時のヨーロッパの進歩的インテリの間では決して珍しくないことだったようです。だから彼は現地の音楽を集めもしました。彼の脳裏には、インディアンのことがあったに違いありません。事実、若いころ、イギリスのロングフェローが書いたインディアンを題材にした詩をもとにオペラを書こうともしたのでした。

 新世界より、は、ヨーロッパ人であるドヴォルジャークが、原始と自由への憧憬と、それを脅かし滅ぼす自分たち西欧の世界への批判をこめた、彼のエロイカだったのだと、私は思います(ベートーヴェンのエロイカも第一楽章からすでに悲しみに満ちた曲だと思いますが)。それは決してキオスクにぶら下げておく旅行者むけの絵葉書ではないし、純音楽的と称して一切のメッセージを無視するような聴き方をすべきものでもない。

 クレンペラーの演奏で私が最初に特に感銘を受けたのは、第二楽章でした。有名なコールアングレのメロディーは、彼らしく、あまり感情を強調しないので、やや物足りないのですが、そのあとがすばらしいと思いました。

 中間部の表現には、ある深い感情が、雪解け水のように流れていきます。各パートの強弱や音色のふるえるような透明感をたたえた魅力は、クレンペラー・スペシャルです。アメリカのドヴォルジャークのサイトで、この楽章は葬送の曲だと書いているのを読んだ記憶がありますが、そうだろうと思います。スコアに書いたあらゆる音を生かすクレンペラーの取り組みは、彫刻的、建築的で、それらのどのフレーズをも内実のこもった生命力のある響きにしています。これが対位法というものなんだなと思わせます。このように各パートをくっきりと区別して、それぞれに存在感をもたせるとは、すごい。フルトヴェングラーを典型とする、大きなテンポ・ルバートと違い、クレンペラーは自然に出てくる最小限のテンポの揺れだけですが、心のこもった音楽ではないでしょうか。これを「ドイツ的」などと言うことに、私は賛成できません。本気で演奏している人が、自分の国籍なんて考えるでしょうか? 皮相なレッテルはりで人の行為を勝手に分類して片付けてしまう気にはなれません。

 グレン・グールドもそうですが、クレンペラーは、通常の演奏につねに対抗して、別の可能性を求めていたように思えます。そして作る音楽はきわめて情熱的で、生きています。これを「即物主義」などと言ってしまう気にはなれません。第1楽章に典型的に見られるように、彼はソナタ形式の提示部の繰り返しも、決して機械的にやっているのではなく、すべきだと思ったときにしかしませんから、決して退屈させることはなく、満足感があります。なんという生命力のある音楽でしょうか。

 ゆっくりしたテンポは下手をすればだれてしまうのに、クレンペラーは、もっと繰り返し聴きたくなる音楽にするのだから大変なひとです。

 クレンペラーは標題楽的な演奏に背を向けているというようなことを書く人がいます。しかし、彼が曲の対位法的な構築性を追求し、演奏家個人の感情を強く出すことを嫌ったということは言えても、それと、作曲者の意図を無視することは別でしょう。そうでなかったら、あんなに心のこもった音が出せるはずはないのです。ムードではない音の実在感とでもいったものを重んじるのは、当然のことでしょう。

 だからこれは、ドヴォルジャークの、じつにまともな演奏だと思います。

 クレンペラーは、たとえばバレンボイムと組んだベートーヴェンのピアノ協奏曲のように、強弱のつけ方がわざとらしくて、疑問を感じさせる場合がありますが、チャイコフスキーやドヴォルジャークでは、まったくケレン味のないまっすぐな表現で通しています。小手先でデュナミークを操るのでない、曲への強い共感から演奏する姿勢を、そこに感じます。

 第一楽章では、フルートが提示部で2つの主題を奏しますが、特にあとの方は、平和な安らぎと解放感といったものを感じさせ、この交響曲全楽章を貫くモットーとして、姿を変えて各楽章に登場する重要なものです。クレンペラーはこれを一箇所通常とは異なるリズムで演奏させ、ちょっと違う表情を生み出しているのに、最初は、おや? と思ったのですが、今はとても気に入っています。

 ただ一点。ティンパニがこもった柔らかい音にしているのは、正直なところ、やりすぎだと思いました。少なくとも第一楽章の序奏部で突然出てくる巨人のようなところは、もう少しくっきりと聞こえてもいいはずです。ひねくれるのもほどほどに、といったところですが、こんなことは瑕瑾でしょう。

 

2008年1月24日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記