ヒンデミットを聴く 〜続・5つのCOOLな管弦楽曲〜 【前篇】

文:青木さん

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 パウル・ヒンデミットの作品にはたいして興味ないという点で、ワタシも大方の(?)クラシック・ファンと同じでした。シャイー指揮コンセルトヘボウ管の室内音楽全集(DECCA)をなんど聴いてもチンプンカンプン、あゝオレはこの作曲家に縁がないのか…とあきらめてフテくされたりしていたものです。そんなとき宮下誠氏の『20世紀音楽 クラシックの運命』(光文社新書,2006)という本を読んだところ、”ヒンデミート”が大フューチュアされているのにびっくり。そのほとんどは歌劇のあらすじ紹介とはいえ35頁もが費やされていて、たとえばたった4頁のベルクやわずか11行のルトスワフスキの冷遇ぶりとは対照的な扱いです。

 その本のほかにもいくつかきっかけがあったので、手持ちのCDからヒンデミットだけを選んでいろいろ聴いてみました。それらCDの大半はべつの作曲家による曲と組み合わされたもので、こういう聴き方は初めて。これによってヒンデミットの個性・特徴といったものが浮き彫りになり、結果として彼の楽曲のCOOLな魅力にようやく気づいた、という遍歴です。そういえば学生の頃、手持ちの建築雑誌のバックナンバーから安藤忠雄設計の作品だけを選んで見ていったことがあって、そのとき初めて他の建築家との作風の違いをはっきりと認識できたんですけど、似たような経緯かも。

 ヒンデミット自作自演の録音や録画もいくつか聴いてみましたが、彼は指揮者としても、単なる「作曲家の余技」なんかではない非凡な才能があったようです。ウィーン・フィルの初来日はこの人が指揮を担当したそうですし(なんで?)。

 

■ 第1曲 オケコンのプロトタイプを聴く

CDジャケット

ヒンデミット
管弦楽のための協奏曲 作品38  (1925)
ネーメ・ヤルヴィ指揮シカゴ交響楽団
録音:1991年1月30日〜2月3日 オーケストラ・ホール、シカゴ (Live)
シャンドス(国内盤:ミュージック東京 NSC345)

 “CONCERT FOR ORCHESTRA”。このタイトルをもつ曲はざっと1ダース以上が知られているようですが、その元祖はなんとヒンデミット先生だそうで。バルトークおよびルトスワフスキの同名曲を限りなく愛好する者としては大いに興味をかきたてられます。しかもCOOLな管弦楽曲を得意とするシカゴ交響楽団(←ワタシの勝手な思い込み)が、優秀録音を特徴とするシャンドス(←同)にレコーディングしている。これはぜったいに聴き逃せません。とはいえその音源の存在には、手製のシカゴ響ディスコグラフィをこのたび検索してはじめて気づいたんですが。そのCDをすでに持っていたにもかかわらず(トホホホ…)。購入時に聴いたはずなのにすっかり忘却していたということは、よほどつまらぬ曲だったのか。

 で、さっそく再聴いたしました。シュミットの交響曲の余白に入っているCDです。うーん、退屈ではないけどなんだかポイントの捉えどころがない曲、という印象。どうも密度が高すぎるというか、20〜30分の曲が優にできるだけの素材を12分に凝縮し、ぎっしり詰めこみすぎたかのようです。こういう場合は繰りかえし聴くに限るというワケで、デジタル・ウォークマンに取り込んでヘビー・ローテーション。SONY製ポータブル機器を限りなく愛好する者としてはiPodにはちっとも興味をかきたてられないんですが、それはともかく20回目を超える頃にはすっかり「お気に入り」状態となるに至りました。

 聴いた範囲の他の同名曲(コダーイ、バルトーク、ルトスワフスキ、ティペット、ラン)と比較すると、「バロック時代の合奏協奏曲の現代版アナロジー」という雰囲気がもっとも色濃く出ていて、まさにオケコン・コンセプトの原型。全体は4曲で構成されているものの、1曲目と2曲目は完全に連続しているうえ3曲目が比較的スローということもあって実態は3楽章の形式に当てはまり、その面では古典的な協奏曲を模しているようでもあります。スポットのあたる楽器がめまぐるしく入れ替わりじつにせわしないのですが、それもこの曲のおもしろさの一つ。これをシカゴ響が期待どおりのパワーと名技で豪快にプレイするという内容のこのCD、まったくもって最高ではないですか。あやうくお宝を持ち腐らせるところでした。CDは腐りませんけど(変質はするんでしたっけ)。

CDジャケット

<比較盤>
パウル・ヒンデミット指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1957年10月18日 イエス・キリスト教会、ベルリン(mono)
ドイツ・グラモフォン(輸入盤:474 770-2)

 モノラル末期に作曲者自身がベルリン・フィルを指揮したDG録音が、3枚組のCDセットにまとめられて安く出ています。その冒頭に入っているこの曲を聴くと、ヤルヴィ盤とちがって曲の構造・構成が手に取るように(はちょっと大げさながらも)よくわかる。メリハリをうまくつけているんでしょう。この「見通しのよさ」に限っていえば、「青少年のための管弦楽入門」におけるブリテンの自作自演盤のようです。オーケストラもさすがの巧さで、すばらしい演奏と思います。57年10月にもなってモノラル録音というのはいただけませんが。

 

■ 第2曲 歴史的映像を観る

DVDジャケット

ヒンデミット
弦楽と金管のための演奏会用音楽 作品50 (1930)
パウル・ヒンデミット指揮シカゴ交響楽団
録音:1963年4月7日 オーケストラ・ホール、シカゴ (Live,mono)
VAI(輸入盤DVD:VAI DVD 4237)

 この曲はボストン響の創立50周年記念として委嘱されクーセヴィツキー指揮で初演されたということで、なんだかバルトークのオケコンと似たような出自です。その作品を作曲者自身が指揮したシカゴ響の演奏が、映像まで付いて記録されている。もうそれだけで貴重な遺産というべきですが、内容も極めつけ。

 まず楽曲がカッコいいんですよ。タイトルどおり金管と弦だけで、木管も打楽器も入っていないのに、不自然さやものたりなさは皆無。わざわざ特異な編成にしたのだから当然かもしれませんが、この組み合わせが最大限の効果を生むように作曲されているのでしょう。2楽章の構成ながら、第1楽章は二部に分かれるので、いちおう伝統的な協奏曲に近い形式になっています。

 演奏も強力。なにしろ(最末期とはいえ)ライナー時代のシカゴ響です。筋肉質の引き締まった響きのストリングスと、難易度高そうなフレーズやアンサンブルを軽々とこなすかのようなブラス・セクション。映像で観るとかなり人数が多く、迫力も十分。こういう集団をしっかりコントロールできていることからしても、ヒンデミットの名指揮者ぶりがうかがえる。とにかく、たいへんな名演だと思います。

 映像の魅力もかなりのもので、いろんな写真でおなじみのパウル・ヒンデミットその人が動いていることにまず感動してしまいますが、それも落ち着いてくると、ちょっとぎこちないけどなかなか雄弁な指揮ぶりを楽しめます。若き日のアドルフ・ハーセスやポール・ジェイコブスをはじめとするツワモノ金管奏者たちのアップ描写もたっぷりで、一部の吹奏楽関係者らにこのビデオグラムがバイブル扱いされているゆえん。モノクロながらかなり鮮明な画像で、改装前の旧オーケストラ・ホールの内観もチェックできます。

 WGNのTV番組“GREAT MUSIC FROM CHICAGO”をソフト化したVAIの”HISTRIC TELECAST”シリーズのもので、VHSではたしか単独で出ていましたが、DVDではこのヒンデミットに加えてライナー篇とストコフスキ篇の三本が収録されています。ライナーとストコは日本コロムビア社から出ていた国内盤DVDを持っていたので、ヒンデミット指揮の3曲(この自作曲、ブル7第1楽章、大学祝典序曲)だけのために数千円をはたくことにためらいましたけど、結果的には18分のこの曲だけのために買う価値は大ありでした。ブルックナーとブラームスも悪くないんですが、音だけならシカゴ響自主制作CDに入っています。その解説書によると、4月7日というのはテレビのオンエア日で、実際の演奏会は3月30日だったとのこと。

CDジャケット

<比較盤>
パウル・ヒンデミット指揮フィルハーモニア管弦楽団
録音:1956年11月22〜24日 キングスウェイ・ホール、ロンドン
EMI(輸入盤:3 77344 2)

 ステレオ初期に作曲者自らフィルハーモニア管を指揮したEMI録音が、2枚組のCDセットにまとめられて安く出ています。ウォルター・レッグのプロデュースにより、LP3枚分が6日間のセッションで一気に録音されたものです。実に明晰な演奏で、楽器間のバランスが絶妙という印象。オーケストラも巧い。録音も鮮明なステレオ(上記オケコンの1年も前なのに!)。楽曲のおもしろさを堪能するのになんの不足ありません。

 しかしながら、もっと迫力ある現代的録音で聴きたいという方には、1991年デッカ録音のブロムシュテット指揮サンフランシスコ響盤がお薦め。演奏もシャープかつていねいで好感が持てます。ちなみにこのCDには「シュヴァーネンドレーヤー」というヴィオラ協奏曲も入っていますが、一般には「白鳥を焼く男」という強烈なインパクトの訳で知られている曲。

 さらにちなみに、訳といえばこの作品50のタイトルも、単に「演奏会用音楽」だけの場合もあり、まれに「弦楽と金管のための協奏曲」と訳されることも。原題の”KONZERTMUSIK”をコンサートとするかコンチェルトとするかの違いなんでしょうが、そもそも「演奏会」と「協奏曲」が同じ単語というのがまぎらわしいデスね。

後篇はこちら

 

2008年6月8日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記