「惑星」と幻の冥王星

文:Y.Y.さん

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CDジャケット

グスターヴ・ホルスト
組曲「惑星」作品32
デーヴィッド・ロイド=ジョーンズ指揮ロイヤル・スコッティッシュ管弦楽団、女声合唱団
録音:2001年2月、グラスゴー・ザ・シティ・ホール
NAXOS(輸入盤 8.555776)

 「惑星」は、私が一番最初に出会ったクラシック音楽です。初めて聴いたのはプレヴィン/ロイヤル・フィル盤で、この時私は中学一年でした。その時は確か、ポピュラー音楽で「ジュピター」がヒットする約1年前だったと記憶しています。私は小学生のころにはすでにギリシャ神話オタクになっており、今(高校生)では西洋占星術にまで手を出しています。そして今回紹介する盤に巡り逢うまで、私は数々の「惑星」(カラヤン、オーマンディなど)を聴いてきました。

 ここで紹介するCDには、「惑星」が作曲された当時まだ発見されていなかった冥王星が入っています。これは、コリン・マシューズという英国の作曲家によって新たに加えられたものです。相変わらず地球は音楽化されていませんが、これは占星術において地球は観測地点であるため占いに使用しないからです。冥王星には「再生の神」という副題が付けられていて、占星術では破壊と再生を司る星とされています。このCDにはさらに「神秘のトランペッター」という曲が入っていますが、私にはよく分からないので割愛します。

 演奏者と指揮者については、少なくとも日本人であれば、多分誰もその名前を聞いたことがないと思います。無名でも下手くそだというわけではありませんよ。私からすればむしろうまい方です。NAXOSというレーベルは、「無名でも優れたアーティストを起用する」をモットーとしているレーベルなのです。ただ、さすがに彼らは英国の演奏家ですので、「惑星」の特質をよく心得ているように感じられます。

 火星は、ギリシャ神話の軍神アレス(マルス)になぞらえられていて、占星術では戦争、男性原理などを支配するとされています。アレグロ、4分の5拍子の非常にエネルギッシュな曲で、第一曲目ながら私はこれを一番に好いています。火星はティンパニやトランペットをリズムにして爆走していくのが自然なのですが、そのテンポをわざと遅くする人がいるんですよね。カラヤン/ベルリン・フィル盤がその典型的な例でした。ジョーンズは火星を、私が今まで聴いた「惑星」の中では一番速く豪快に演奏させています。そして、次に注目して欲しいのは、スネアドラムがリズムに用いられている部分です。このCDだけ、ティンパニが叩くときよりもスネアドラムが叩く方がすっきりして聞こえるのです。

 占星術における金星は、ギリシャ神話の愛の女神アフロディテ(ビーナス)で、愛、美、娯楽などを司るとされています。先ほどの火星とはうって変わって静かな曲なのですが、交響曲だったらこれが普通なのですね。この曲の最初にホルンが出す音が、とても妖艶に感じられるのは私だけでしょうか。普通、金星の音量は火星に比べると聞こえないぐらい微弱なのですが、このCDでは編集によって金星などの音量が上げられています。これによって水星がとてもうるさくなったり、海王星の幽かさが生きてこなかったりするので、それだけ不満の残るところです。

 水星になぞらえられるギリシャ神話の伝令の神ヘルメス(マーキュリー)は、踵に翼がある靴を履いているとされています。そして占星術で水星が司るのは、知識、情報、流通といった物事です。水星の冒頭の木管のリレーは、ちょっと滑稽で典型的なスケルツォといった感じを与えます。中盤で弦楽器群が大いに盛り上がりを見せる部分は、あたかも雲の上まで上昇したかのようです。NAXOSの録音は個々の楽器の音がはっきり聞こえるので、水星のような曲は今どの楽器が鳴っているのかよく分かります。反面、火星や木星の低音は抑えられるので、低音による迫力は幾分か弱くなります(私はそれでいいと思いますけど)。

 木星はギリシャ神話の神々の王ゼウス(ユピテル)で、成功、発展、怠惰、浪費などを司るとされています。ジョーンズは木星を、最初こそ遅いテンポで始めるのですが、すぐにテンポを速めていきます。どういう意図でやったのかは知りませんけど、私はあまり好きではありません。ちなみに、カラヤンは木星を相当な快速に飛ばしますし、逆にオーマンディはゆっくり目でした。ダイアナ妃の葬儀で使われた部分は、少し軽い印象を受けます。もう少し荘厳にやっても良かったかな。木星に関しては演奏にかなり難ありなのですけど、一番ひどいと思ったのはトランペットの高音が少し苦しそうなところです。

 占星術では土星を制限、不幸、束縛を支配するとし、ギリシャ神話の巨人の王クロノス(サターン)になぞらえています。土星はいたって普通の演奏なのですけど、音の高低差があまり激しくないのは私にとっては良いように思われます。前半は音量が徐々に上がっていって不安感が増していくように聞こえますけど、問題はその後なんです。音量が最高点に達するとすぐに静かな、私に言わせれば宗教学のような部分に入ります。ここもNAXOSの録音の特徴が良い結果をもたらした好例で、オルガンやベルがはっきり聞こえます。

 天王星は、ギリシャ神話の天空神ウラノス(ウラヌス)になぞらえられ、革命、科学、独創性を司るといわれています。ストレートに響く冒頭のトランペットが、どうも機械的に聞こえてきて私には好印象です。ジョーンズはところどころにわざとワンテンポを置いて、トランペットのロングトーンをもったいぶるんです。トランペットのロングトーンはティンパニの一撃を伴うことが多いせいもあり、ここで間を空けられるとすこぶる期待感をそそられます。そして全体的に金管楽器群が遠慮なく響くこと響くこと、下手をすると火星よりも迫力があるかも知れません。天王星について、ある人は「狂気じみた行進曲」と表現していましたが、まさにその通りなのです。

 占星術において海王星はギリシャ神話の海神ポセイドン(ネプチューン)になぞらえられ、夢や女性原理を司るとされています。海王星は途中から女声合唱が入りますが、普通ならこれは本当に幽かで聞こえるか聞こえないか程度の音量です。しかし先ほども言いましたように、このCDで海王星を聴くと明らかに音量が大きく感じられます。海王星の最後は、女声合唱が溶けていくように消えていきますが、この演奏ではその後も弦の音は残っています。この弦の音から休みなく次の冥王星に移るというわけです。

 占星術では冥王星を破壊と再生、絶対権力を司るとし、ギリシャ神話の冥界の神ハデス(プルート)になぞらえています。前半はずっと静かな演奏が続いていきますが、後半突然すべての楽器が咆哮を上げます。そこから、トランペットやティンパニが滅茶苦茶に吹き上げられ叩き上げられするのが2回起こります。そして何もかもが徹底的に破壊されたようになって、初めて再生を表す女声合唱が入り、冥王星の曲は終わります。何分冥王星はまだ録音も多くないので、この曲については私も他のCDと比べるには至っていません。ただ、冥王星は完全に現代音楽です。ホルストを意識してロマン派っぽく仕上げるようなことはされていません。

 ところで、「惑星」の曲順って少し不思議に思いませんか。もしも曲順が「太陽との距離が近い順番」であれば、火星、金星、水星の順番が入れ替わっているはずです。「地球との距離が近い順番」だとしたら、火星と金星が逆になるはずです。この曲順をホルストが勝手に決めたのならば、彼が海王星を本来の終曲に持って来たのは自然なことのように思います。占星術の世界では、新しく発見された惑星に与える意味は、発見された当時の時代の風潮に基づいて決められます。海王星が発見されたとき、芸術界はまさにロマン派の時代でしたので、海王星は神秘主義的な意味も含んでいます。そしてホルスト自身ロマン派の作曲家でしたから、海王星がまさに「惑星」の終曲にはピッタリなのかもしれません。

 

2006年1月11日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記