情熱と美しさ―指揮者マリス・ヤンソンスの魅力

文:Fosterさん

ホームページ What's New?
あなたもCD試聴記を書いてみませんか インデックスページ


 

CDジャケット

ヤンソンス ワールドアンコール
マリス・ヤンソンス指揮オスロフィルハーモニック
曲目

    1. バーンスタイン(アメリカ)キャンディード序曲
    2. キム(韓国)エレジー
    3. アルヴェーン(スゥェーデン)山の王より羊飼いの娘の踊り
    4. チャイコフスキー(ロシア)くりみ割り人形よりパドゥドゥ
    5. ドヴォルザーク(チェコ)スラヴ舞曲15番
    6. シベリウス(フィンランド)悲しきワルツ
    7. エルガー(イギリス)子供の魔法の杖第2組曲より野生の熊
    8. グリーグ(ノルウェー)ペールギュント第1組曲より朝
    9. ビゼー(フランス)アルルの女よりファランドール
    10. バッハ(ドイツ)管弦楽組曲第3番よりアリア
    11. コダーイ(ハンガリー)ハーリヤノシュより間奏曲
    12. マスカーニ(イタリア)カヴァレリアルスティカーナより間奏曲
    13. ヴィラ=ロボスブラジル風バッハ第2番よりトッカータ
    14. 外山雄三(日本)バレエ音楽幽玄より天人の踊り,男たちの踊り
    15. ディニーク(ルーマニア)ホラスタッカート
    16. チャピ(スペイン)人騒がせな娘前奏曲
    17. ヨハン・シュトラウス2世(オーストリア)雷鳴と電光
    18. ゲーデ(デンマーク)ジェラシー
    19. テオドラキス(ギリシア)ゾルバよりフィナーレ

録音:1997年,シベリウスのみ1992年の既出音源使用
EMI(輸入盤 724355657626)

 

■ はじめに

 

 先日この掲示板でも話題に上りましたヤンソンスのCDです。ヤンソンスはウィーンフィル、ベルリンフィル、ロンドン交響楽団のような一流オーケストラに毎年のように客演を繰り返しているうえに、昨年からドイツの名門バイエルン放送交響楽団、そして今年からはコンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者を務めることからもわかるように現在の指揮者界における中心人物の一人だと言っても過言ではありません。

 しかし、そんなヤンソンスでも日本での人気は今一つのような気がしております。私自身は幸いなことにクラシック音楽を聴き始めた時分から積極的にヤンソンスのCDを聴いてきましたし,非常に好意的に接してきています。そこで今回は一人でも多くの方にヤンソンスの魅力を感じてもらいたいと思い、上記のCDを取り上げさせていただきました。小品集のCDは交響曲のCDと比べますととかく軽く扱われがちですが、ヤンソンスの魅力を感じるには最適な材料と判断しましたので敢えて紹介させていただきます。最近発売されたコンセルトヘボウ管との新世界を紹介することも考えたのですが,まずは入門としてこのCDを詳細させていただきます(新世界についてはいずれ機会がありましたら)。このCDを機にヤンソンスに興味をお持ちになられた方は交響曲をはじめとする他のCDにも手を伸ばしていただけたら幸いです。

 前置きはこれくらいにして、CDの紹介に入ります。このCDはタイトルからもわかりますように19カ国のアンコールピースを20曲紹介しているCDです。全ての曲について詳細に感想を述べることはできませんので、ここでは有名な曲いくつかに絞って感想を述べたいと思います。

 

■ ヤンソンスのリズム感―躍動するリズム

 

 まずは、オープニングのバーンスタインのキャンディード序曲です。ここでのヤンソンスの特徴は何よりも抜群のリズム感です。この曲の演奏は意外と難しいのですが難なく弾いているかのようです。オスロフィルの実力、そしてヤンソンスの統率力には脱帽してしまいます。この曲には素晴らしい自作自演盤(DG)もありますが、この演奏のような一気呵成に聴かせてしまう魅力も捨てがたいものがあります。

 また,詳しくは紹介しませんが,ハーリヤノシュでもヤンソンスの抜群のリズム感を体験でき,少し野暮ったく感じることもあったこの曲が見事にシェイプアップされています。

 

■ 聴かせ上手なヤンソンス

 

 次のお勧めがエルガー作曲の子供の魔法の杖第2組曲より野生の熊です。この曲はヤンソンスの密かな得意曲のようで,以前にベルリンフィルとのワルトビューネの演奏会でも振っていました。この曲ではホルンとトロンボーンが重要な役割を担っています。これらの楽器でいかに「熊っぽさ」をだすか。ここでのヤンソンスは両楽器を非常に効果的に鳴らし「熊っぽさ」を見事に表現しています。普段のヤンソンスは各楽器をバランスよく鳴らすことが多いため,特定の楽器をやたらに強調するようなことはあまりしません。ここら辺が多くの方にヤンソンスは個性が薄いと感じられる要因でもあるのかもしれませんが…。しかし,ここでのヤンソンスは少し違います。オケを見事にドライブして必要な箇所では豪快にホルンやトロンボーンを鳴らしてくれます。一方で弦のアクセントのつけ方には独特な解釈も見せており,これが非常に効果的に決まっています。この曲はどちらかというとさらっと流されてしまい,印象に残らないことがままあるのですが,そこは聴かせ上手のヤンソンス。個性的な解釈も見せながらも模範ともいえる素晴らしい演奏を披露してくれます。これは一重にヤンソンスの曲への理解の深さを示すものであり,まさに自家薬籠中の演奏といえるでしょう。

 

■ ヤンソンス最大の魅力―生き生きとした音楽

 

 次にお薦めする曲はビゼーのアルルの女よりファランドールです。この曲はこのCDの中でも一番のお薦めです。もしこの曲が好きならば,この演奏の為だけにこのCDを買ってもよいといえるくらいの演奏です。ヤンソンスの魅力ここに極まりです。

 この曲の古典的な名演はクリュイタンス盤(EMI)の若干遅めのテンポによる優雅な演奏です。アダージェットや間奏曲での洗練された演奏には心を奪われてしまいます。しかしながら,殊ファランドールに関してはクリュイタンス盤では大人しすぎていささか物足りなさも感じてしまいます(Altusによるライブ録音では激しい演奏とのことですが私は未聴です)。そんなクリュイタンス盤の対極に位置するアプローチを実施しているのがここでのヤンソンスです。冒頭から抜群のリズム感で疾走していきます。オケの鳴らし方も豪快そのもので小洒落たこの曲がゴージャスに展開されていきます。そして一番の聴き所は興奮必至の最後のアッチェレランドです。雪崩れ込むように一気に終わっていくのです。今まで幾多のファランドールを聴いてきましたがここまで高速で終わる演奏は皆無です。しかもただ単にオケの機能性を誇示した早いだけの演奏ではないのです。音楽が常に生き生きとしているのです。これこそがヤンソンスの奏でる最大の魅力なのだと私は感じますし,多くのオケから慕われる理由の一つではないかと私は思います

 

■ ヤンソンスのもう一つの魅力―爽やかな抒情性

 

 最後に早く豪快にオケを鳴らすことだけがヤンソンスではないということをわかってもらうために次の2曲を紹介させていただきます。

 1曲目はカヴァレリアルスティカーナの前奏曲,もうひとつがバッハのアリアです。ご存知の方もいらっしゃると思いますが,ヤンソンスはカラヤンの下で研鑽を積んだこともあります。この2曲の演奏ではそんなヤンソンスの美しい旋律の歌わせ方を堪能することができます。基本テンポはやや遅めでひとつひとつのフレーズを丁寧に扱っています。弱音の扱いが極めて効果的であり勢いで飛ばしゴージャスにオケを鳴らすだけがヤンソンスではなく,このようにしっとりと歌わせることもできるのです。しかも師匠のカラヤンほど濃密なレガートではなく,いわば爽やかな抒情性による表現が曲そのものの魅力から離れてしまうことを防いでくれます

 

■ 最後に

CDジャケット
<参考盤>
録音:1999年4月
SIMAX
(輸入盤 PSC1204)

 今回紹介する曲は以上になりますが,このほかの演奏もヤンソンスらしさが溢れた素晴らしい演奏ばかりです。どうも巷でのヤンソンスの評価はここで紹介したバーンスタインやビゼーの曲でみせたような豪快にオケを鳴らすというイメージだけが先行しているようですが,バッハやマスカーニの曲の時にみせたようにしっとりと音楽を奏でることも出来るのです。また,このCDに入っている曲目を見てもらえばわかると思いますがヤンソンスのレパートリーは非常に広いといえます。多くの著名なオケから引く手数多な理由にはこうしたヤンソンスの才能も評価されているからかもしれません。

 最後になりましたが,今回コンセルトヘボウ管との来日プログラムに含まれているブラームスの2番のCDを参考盤として簡単に紹介させていただきます。

 ヤンソンスとブラームスは妙な組み合わせのように感じますが,ここでもヤンソンスは非常に素晴らしい演奏を成し遂げています。ドイツ風の重厚・壮大な演奏とは趣をやや異にしますが,音の透明度,リズムの扱い等に他では聴けない魅力がたっぷりつまった演奏といえます。長年の手兵であったオスロフィルも音楽を奏でる喜びに満ち溢れているのが感じられます。1楽章から旋律をたっぷりと歌わせてくれますし,2楽章の透明感,3楽章のリズム感も素晴らしいですし,もちろんお約束の4楽章も豪快に決めてくれます。「ヤンソンスのブラームスなんて…」と思ってチケット購入を躊躇なさっている方も多いと思いますが,このCDを聴いて是非演奏会にも足を運んでみてはいかがでしょうか?きっと素晴らしい演奏が聴けると思いますよ。

 

2004年10月4日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記