シベリウスのヴァイオリン協奏曲を聴く

文:岡崎哲也さん

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シベリウス
ヴァイオリン協奏曲
トッシ・スピヴァコフスキー(ヴァイオリン)
タゥノ・ハンニカイネン指揮ロンドン交響楽団
アメリカ・エヴェレスト(LP番号 EVEREST 3045、CD番号EVEREST EVC9035)

 最初にこのレコードに出会ったのは、1978年にロサンゼルスを訪れた折で、タワーレコードで偶然見つけました。あの頃のタワーレコードはほんとうに素敵な店で、オペラの組み物だけでお蔵のような別室があり、息を呑む想いをしました。いまでは、どこでも手に入るカラスのライヴ録音、いわゆる海賊盤だけでも数十組棚に並んでいたのです。

 さて、このシベリウスを日本へ持ち帰って針を降ろした途端、北欧のイメージそのもののオーケストラの透明な音色と、ヴァイオリニストの見え隠れする抜群の技巧に言葉を失うほど感銘を受けました。友人の誰に聴かせても「欲しいねえ」というので、小川町の輸入レコード店「HARMONY」で20数枚仕入れてもらいました。無論、店主の上田應輔さんは、とっくにご存知でした。「ああ、3045ね・・」と言われたのです。流石だなあと思いました。当時はよく売れたレコードでした。

 白状すれば、これはシベリウスの演奏に定評のあるハンニカイネンが振っているので買ったのですが、スピヴァコフスキーのヴァイオリンの凄さには驚嘆しました。ひとことでは申し上げられませんが、青白い炎のような、いくぶん線の細い、それでいてグイグイと押してくる独特の魅力があり、得意とする曲目のジャンルは違いますが、良いときのイヴリー・ギトリスのような、他に類の無い名人芸が連続するのでした。いわゆる有名どころの演奏、つまりカミラ・ヴィックスやギューラ・ブスターボにはじまり、ハイフェッツ、スターン、オイストラフ、シェリングから、ひと頃は天下無双の感があった京鄭和、さらには現代のムターまでの何れのヴァイオリニストともまったく違う世界が展開します。不思議なことに、この演奏は、我が国のいわゆるレコード雑誌の名盤選びからは、評価以前に、その存在さえ無視されているのです。昔は日本コロムビアから廉価版で出ていたこともあるのですが、どういう訳か話題にものぼりません。コロムビアのダイアモンド・シリーズというのがまた、地味で、目立たない企画だったせいもあるでしょう。そんな訳で、わたくしもまさかCDにはなっていないと決め込んでいたのですが、90年代後半に仕事でまた西海岸へ行ったおり、エヴェレストからチャイコフスキーの協奏曲とメロディ(ワルター・ゲール指揮ロンドン響)のカップリングでちゃんとCDになっているのを発見し、買いなおしました。音質はややLPのほうが良いとは思いますが、そんなことよりもCDになったことが嬉しく思えてなりません。

 いまカタログにあるかどうか、調べておりませんが、シベリウスの同曲では、屈指の名演であると思います。ヴァイオリンのお好きな方には、ナタン・ミルシティンの弾く、ゴールトマルクのヴァイオリン協奏曲(レーベルCAPITOL〜EMI CDはTESTAMENT)と並ぶくらいの感動をお約束します。

 亡き演出家の三谷礼二さんに上野の文化会館の幕間でスピヴァコフスキーの名前を申しあげたら、途端に、「ニューヨークで聴いたよ。」と目を輝かせていらしたことも忘れられません。スピヴァコフスキー一代の名演と申し上げたいシベリウスです。

 

2008年8月17日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記