『春の祭典』最近の聴き比べ
文:carrosse d'orさん
言わずと知れたストラヴィンスキー作曲による“古典的名曲”『春の祭典』。初めて聴いたときからとても好きな曲だったんですが、その初めて聴いた演奏、デュトワ/N響 のTV放送録画(まだ芥川也寸志さんが司会をやっておられた頃の「N響アワー」だ…)を何度も聴いており、あまり他の演奏のCDなどを買ったりはしてなかったんです。せいぜいシャイー/クリーヴランド管のラジオ・オンエアチェックもの、インバル/フランクフルト放響盤、バーンスタイン/イスラエルフィル盤くらいだったでしょうか…。
しかし、ここ1年くらいで途端に試聴などで聴いたり、買ったりすることが多くなってしまった。多分、船山隆著「ストラインスキー」を読んだせいだと思うのだが。
そしてとみに色々聴いていく内に、この曲への私的固有概念が覆されることが連続する中でつい最近遂に出遭ってしまったのだ…。とんでもない決定的演奏に…。
その演奏こそ、ミヒャエル・ギーレン/ベルリン交響楽団(2001/12/20 ライヴ録音)!
CD-Rもの(Sounds Supreme #2S-067)で大変恐縮なのだが、あまりにスゴイ演奏なので声を大にして言わざるを得ないのだ。待ちに待ったギーレンの「ハルサイ」音源。とにかく、異常なまでの「音への集中力」を持ったギーレンならではの色彩感と熱に溢れた爆演に圧倒されるばかり…。ラストのラストで、オケのミスによるリズムの乱れ(恐ろしく乱れまくり)が生じるのが悔やんでも悔やみ切れないのだが、その乱れさえ、こちらの驚愕を助長するものとなってしまっている怒涛の演奏。「今この瞬間にも恐ろしく凄まじい音楽が生まれている!」という感動を刻一刻と強いものにして来た矢先にこの乱れが現われたときには、正に呆然自失、何が起こっているのか全く理解できず、何万光年もの彼方に放り出されてしまい、ひたすら悶絶するしかなかった…。そうして演奏後軽く5分は思考が停止し、おもむろに「傑作だ、傑作だ、傑作だ…」と呟きを繰り返さずにはいられない演奏…。後にも先にも絶対にこんな演奏は生まれ得ない…。
尤も、一昔前のギーレンならもっともっと鋭く正確な演奏になっていたに違いない。その頃の録音は残ってないものだろうか。手兵のSWFsoでも演奏はしているハズなのだが。
しかし本稿のタイトルは「聴き比べ」である。ギーレンだけで紙面を食っていてはマズイ。
以下、ここ1年くらいで聴いた「ハルサイ」の中で、主な演奏への感想を聴いた順に綴って行きたい。
1.ブーレーズ/クリーヴランド管
(国内盤:SONY #SRCR 9220 1969年録音)
… 今更聴いてすいません。ブーレーズ食わず嫌いだったんで…。しかしこれ1枚で完全に食わず嫌いを克服しました。諸氏が色々なところに書かれているように、ある意味「決定的演奏」でしょう。音の鋭さ、細部への見通し、テンポ・リズムの取り方の迫力など、何の文句もあろうハズがありません。
2.バレンボイム/シカゴso
(輸入盤:TELDEC #8573-81702-2 国内盤あり 2000年録音)
… 初めて聴いたときひたすら圧倒された。その推進力溢れるテンポ設定は細部に至るまで私が最も理想としていたものだった。また、ここまで細部がはっきり聞える演奏は他にないだろう。これを聴いた時期からしばらくダントツの決定盤だった。しかし以下の演奏群を聴いていくうちに、そのあまりに人工的なミキシングに疑問を抱くようになってしまった。とある友人に聴かせたら、「こんな人工的な演奏をオレに聴かせるな! ムカつく!」と怒られてしまった(かなり誇張あり)。
3.エルネスト・ブール/SWFso
(輸入盤:AUVIDIS-ASTREE #E7803 廃盤 1969年録音)
… 上記の怒れる友人オススメの演奏。バレンボイム盤にハマッていた当時の私には最初やはり抵抗があった。ブール/SWFのゴールデンコンビにしては、音の熱さにもアンサンブルの精密さにも精彩を欠く気がした。しかし、細部に耳を傾けているうちに私の中で何かが変わった。そしてあるとき、とてつもなく魅力的な演奏であることに気付いた。それからは片時も放せないマイベストCDの一つである。蛇足かもしれないが、一応このゴールデンコンビについて補足。言うまでもなく(なら言うなよ)エルネスト・ブールは20世紀最高の指揮者である。「最高の指揮者の一人」ではなく「最高の指揮者」なのである、誤解しないで頂きたい。SWFso = Sudwestfunks Sinfonieorchester, Baden-Baden は、「南西ドイツ放送交響楽団」と訳されている。最近名称変更し、SWR = Sudwest Rundfunks Sinfonieorchester, Baden-Baden und Freiburg となったようだ。現在世界最高のオーケストラである。「世界最高のオーケストラの一つ」ではなく「世界最高のオーケストラ」なのである、これも誤解しないで頂きたい。つまりこの取り合わせこそ最高のものに決まっているのである。随分ムチャな発言をしているが事実なのだからどうしようもない。2001年という新世紀最初の年にブールがお亡くなりになられたという事実は象徴的である、と勝手に思っている。合掌。
因みにSWRの現在の常任はシルヴァン・カンブルラン。前任者がギーレン。ブールはさらにその前任者である。みんながみんなとんでもなく素晴らしい指揮者である。特にブールとカンブルランのモーツァルトは最高!
4.ゲルギエフ
(すいません、試聴で聴いただけなのでディスクの情報が定かでありません。とりあえず昨年か一昨年くらいに発売された新録音のやつです) …
「野性味溢れる」とか「土着の香り」とか「ロシア人音楽家としてのストラヴィンスキー像を浮かび上がらせる」などのような評が加えられているようだが、それはそれで適確な評だとは思うのだが、やはりイマイチ好きになれない。何でこんなん(全く失礼!)がレコードアカデミー賞もらえるんだ? 別に全く信用してないからいいんだけど。
5.マルケヴィッチ/ワルシャワフィル
(輸入盤:CD ACCORD #ACD 115-2 国内盤あり 1962年録音)
… 素晴らしい! 本当に「野性味溢れる」というのはこういう演奏のことを言うのだ! とんでもなく恐ろしいまでに激烈な『春の祭典』がここにある。オケの音が頻繁にハズれたり、旋律間違ったり、ティンパニのリズムが狂ってしまったりなどの失敗は目立つが、そんなのはご愛嬌。この巨匠のタクトの前には全て些細なものに思える。ここまで血湧き肉踊る躍動的な「ハルサイ」というのは正直初めて聴いたので、驚愕するとともに、異様な興奮を覚え、ゾクゾクし、一発で大のお気に入りになってしまった。正に初体験ものでした。
6.モントゥー
(これも試聴で聴いただけなので情報定かでありませんが、2002年7月現在の時点で最近リリースされたDECCAの廉価版シリーズに入っているやつです。いずれ買います)
… 演奏については、一度試聴でつまみ食い程度に聴いただけなので、多くは語れないし、語るのも失礼なのだが、録音・オケの調子など色々な面で少々イマイチな気が…。しかし、伝説的な「ハルサイ」の初演を行った指揮者ピエール・モントゥー。この初演者の演奏が聞けるだけでもよしとしなければ。なんて言ったら余計失礼だな。やはりちゃんと買って聴くことにします。
7.マルケヴィッチ/フィルハーモニア管
(輸入盤:TESTAMENT #SBT 1076 1951&59年)
… EMI傘下のテスタメント盤。51年のモノラル録音と59年のステレオ録音の両録音がカップリングされてます。これまた素晴らしい! 素晴らしい! 興奮の嵐。 録音のよさも手伝って特に59年盤が傑作だと思う。 さすがマルケヴィッチ、ストラヴィンスキー直属の弟子!? とにかく激演です。マルケヴィッチ/ストラヴィンスキーといえばやはり『兵士の物語』(国内盤PHILIPS #PHCP-3828 語り:ジャン・コクトー!!)も歴史的名盤だからな〜。そりゃ、いいわけだ。
8.スクロヴァチェフスキー/ミネソタ管
(輸入盤:VOX #CD10X 3604 スクロヴァVOX10枚組に所収 1977年録音)
… これまたとてもよい演奏だと思うんだが、録音がかなりイマイチなのが残念な限り…。何とも評価しづらい。しかしさすがVOX。10枚組で曲目もかなりの充実度で5000円代というのは、一発レッドカードものの安さだ。この勢いでギーレンのVOXでの全録音の全集でも出してくれないものか…。Mr.SのこのBOXセットやクレンペラーのBOXセットが売れればきっと出るでしょう(?)から、皆さん、まだの方は是非買いませう!
9.ギーレン、ギーレン、ギーレン!
長々と書いてしまいましたが、結局現時点での私の決定盤は、
1.ギーレン盤
2.マルケヴィッチ 59年盤
3.マルケヴィッチ 62年盤
4.ブール盤
5.ブーレーズ 69年盤といったところです(全然決定してねーじゃねーか!)。
2002年7月14日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記