Dawn Upshaw sings Vernon Duke
文:野ざらしさん
Dawn Upshaw sings Vernon Duke,
Eric Stern/Orchestra, Fred Hersch (pf), John Pizzarelli, (vo, g)Round About, Born Too Late, The Love I Long For, Autumn in New York, The Sea-Gull and the Ea-Gull, Remember or Forget, Not a care in the World, Words Without Music, Swattin' the Fly, April in Paris, I Like the Likes of You, Low and Lazy, Water Under the Bridge, Ages Ago
Nonesuch 7559-79531-2あっと驚くような隠れた名盤をご紹介できればいいのですが、もともとCDよりはコンサート通いにお金を使いたいほうなので、伊東さんのような盤鬼を驚かすに足るネタがあるわけも無く、ここはひとつナイトキャップ用に柔らかめのものをご紹介することにしました。
ドーン・アップショウ(Dawn Upshaw)はシカゴ近郊の生まれ、1984年の「青年演奏家国際オーディション」(なんじゃこりゃ)に合格後、メトロポリタン歌劇場の若手演奏家の育成プログラムに参加。88年のメトでの愛の妙薬のアディーナ役が出世作らしいです。(梶本音楽事務所のパンフレットより)私が初めて彼女の歌声を聞いたのが1988年8月でしたから本当にデビュー間もない頃だったんですね。
彼女の良さは何と言ってもその素直で純粋で心にまっすぐとびこんでくる美声です。エラート盤の演奏者紹介では silvery lyric soprano と称していましたが、まさにその通りで、素直な低音からほんの少し鼻にかかって乳白色の輝きが麗しい中高音、そして文句無しに透き通った高音まで実に美しいグラデュエーションを楽しめます。そして何より特筆すべきは彼女のコミュニケーションの能力とでもいうべきもので、シューベルトやヴォルフのリートを歌ってもミュージカルソングを歌っても、絶妙なニュアンスとセンスで歌の内容が聞き手にダイレクトに、しかもブロードバンドで伝わってくるんですよね〜。
アップショウの最後の来日は1996年で、王子ホールと紀尾井ホールでのリサイタル、東京SO定期でのバーバー「ノックスビル:1915年夏」とマーラーの4番、N響定期でのオーヴェルニュの歌と、全てにわたって真に忘れがたい印象を残してくれました。その後、一度梶本による招聘の話があったもののなぜか中止になり、我が国は実に5年にわたり姫のご尊顔を拝する光栄を得ないという不幸のずんどこに陥っているわけであります。
さて、このアルバムが彼女のベストかどうかは難しいところですが、平日、ブルックナーなど聞く暇がある訳もないけど、寝酒を飲みながらちょこっとだけでも音楽が聞きたい!という時、このCDを取り出して渇を癒すということが多いんですよね。
Vernon Duke という人、私はこのCDを買うまでは聞いたこともなかったのですが、なんでも1903年生まれのロシア人で本名をVladimir Dukelsky といい、革命後コンスタンチノープルを経てアメリカでジプシーヴァイオリンの伴奏や、マジックショウのための音楽を書いていた所を、ガーシュインに見出されたそうな。
当初はガーシュインのお手伝いから、クラシック音楽での成功をめざして、ディエギレフからバレエ音楽の委嘱を受けたり、第1交響曲がクーセヴィツスキー/BSOで初演されたりということもあったらしいのですが、ガーシュインから「そんなことやってちゃ、ろくに飯も食えやしないぜ」と袖をひかれたかどうかは解りませんが、その後ブロードウェイに転進し多くのヒットミュージカルをものにしたそうです。
この人の歌、気軽に口ずさめるようなチューンの魅力は乏しいかわりに、万華鏡のように千変万化する転調の美しさと、デリケートの極をいく全く先が読めないフレーズ展開の多彩さがすばらしく、これはひょっとしてアメリカ版R・シュトラウスのリート(!)なのではないかと思ってしまいます。アメリカにもちゃんと洗練された文化があるのだ!ということで、是非、皆さんにも一聴をお勧めします。
アップショウの歌唱は万全で、いつものことではありますが、ヒヤリングができなくても歌詞の意味が伝わってくるような天性のコミュニケーション力のマジックと深夜のスキー場に振り積むスノーダストのようにきらきらと輝く銀の美声、そしてこれこそ天下一品の美しい英語のディクションで、この世の憂さを忘れさせてくれます。いい薬です。是非お試しください。
2002年2月18日掲載、An die MusikクラシックCD試聴記