An die Musik 開設9周年記念 「大作曲家の交響曲第9番を聴く」
ドヴォルザーク篇
文:松本武巳さん
■ はじめに
あまりにも聴きなれた曲のせいか、方向性をまとめることが困難だと覚悟しまして、またもや少々斜めに構えた形での試聴記を残そうと思います。そこで、チェコフィルが来日し、マーツァルと演奏をしたばかりでもありますので、マーツァルの音源をまずは紹介し、次にリスナーの間で好悪が分かれやすいバーンスタインを紹介し、さらにシカゴ交響楽団のいくつかの録音を紹介したいと思います。シカゴ響を紹介するのは、あまりにも指揮者によって各録音の方向性が異なることに、とても新鮮な興味を覚えたからです。良くも悪くもヨーロッパのメジャーオケではこのようなことはほとんどありえません。最後に連弾版を2点紹介させて頂き、駄文を閉じたいと考えています。多少のお時間この小文とお付き合いくださいますと、大変幸甚です。
■ マーツァルの4点
1.
ズデニェク・マーツァル指揮
ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
EMI(輸入盤 5749432)2.
ズデニェク・マーツァル指揮
ミルウォーキー交響楽団
Koss Classics(輸入盤 KC1010)3.
ズデニェク・マーツァル指揮
ニュージャージー交響楽団
Delos(輸入盤 DE3260)4.
ズデニェク・マーツァル指揮
チェコフィルハーモニー管弦楽団
EXTON(国内盤 OVCL00250)チェコフィルを勇退したばかりのマーツァルは、意外にもこの交響曲を数多く録音しております。故郷チェコに返り咲く前から、積極的にドヴォルザークを録音していたようですね。さて、このマーツァルの録音をまとめて聴いて最も驚いたことは、彼の録音はたぶん、私の愛するクーベリックの演奏を、マーツァルが楽曲の構成を考える根幹として捉え、それを基礎に演奏を組み立てていることに尽きると思います。そのために、彼への批判側の意見として、良く当たり障りの無い無難な演奏だとの批判を受けますが、この批判はクーベリックを嫌いな方が、彼に対して行う批判とも似ているように見受けます。その原因の一端が理解できたような気がしました。もっとも、このような一見安全運転に見える指揮でありながら、意外なほどに熟慮の末に構成された演奏を、私はかなり好む傾向がありますので、マーツァルがチェコフィルを勇退して初めて、彼の真価を理解できたように思えました。今回まとめて聴く機会を持ったことを幸せに感じます。そして、ヤナーチェクと同郷のブルノ生まれのマーツァルが、今後ますます名指揮者になることを念願したいと思います。
■ バーンスタインの3点
1.
レナード・バーンスタイン指揮
DG(輸入盤 4770002)
バーンスタイン/アメリカDECCA録音集2.
レナード・バーンスタイン指揮ニューヨークフィルハーモニック
SONY(輸入盤 SK92729)3.
レナード・バーンスタイン指揮イスラエルフィルハーモニー管弦楽団
DG(輸入盤 4273462) (注:バーンスタイン盤については伊東の試聴記もご参照下さい)私はバーンスタインのドヴォルザークをあまり好みません。この交響曲の根幹としての理想型はバーンスタインの演奏とは異なり、優しく慈しむような音楽であると、私は捉えています。私は、バーンスタインの激しい気性に少々ついて行けません。しかし、最晩年のイスラエルフィルとのほとんど演奏が止まりそうだとの批判を受けている、ドイツグラモフォンへの録音は、実は意外なほどに好みの演奏であるのです。その理由としては、彼が耽溺してしまっていると見なされるのは、あくまでも第2楽章だけだと思うからです。実際に録音時間を見ても、第1楽章は提示部の反復を実行しているために多少長い時間がかかっておりますが、第3楽章などはむしろ標準的な演奏よりもアップテンポできびきびと進められています。要するに、あの《家路》の主題に溺れかかっているだけだと考えています。それに、この主題に溺れそうになっている晩年のバーンスタインには、私は反対にとても親近感を覚えるのです。
■ シカゴ交響楽団の5点
1.
ラファエル・クーベリック指揮
シカゴ交響楽団
Mercury(輸入盤 4343872)2.
フリッツ・ライナー指揮
シカゴ交響楽団
RCA(輸入盤 09026625872)3.
カルロ・マリア・ジュリーニ指揮
シカゴ交響楽団
DG(輸入盤 4238822)4.
ジェイムズ・レヴァイン指揮
シカゴ交響楽団
RCA(輸入盤 74321.68013)5.
サー・ゲオルク・ショルティ指揮
シカゴ交響楽団
LONDON(アメリカ盤 4101162)これらが、すべて同じオーケストラでの録音である事実にまずは驚きます。クーベリック盤はとても爽やかな、しかし精緻な演奏であり、後年のクーベリックの情念をさらけ出した録音とは一線を画しています。そのために、私の中での評価はかなり高いディスクです。次のライナー盤はよく弾丸ライナーとか揶揄される指揮者ですが、なかなかどうして味のある表現が連続しています。もともとヨーロッパ本流の教育を身につけた指揮者であることを痛感させられます。このディスクも結構私にとって好みの音源となっています。
次のジュリーニですが、非常に一時期世評の高かった録音だと記憶しておりますが、私には同時期の録音である、ブルックナーの9番や、マーラーの9番とは異なり、ドヴォルザークの音楽としてはかなり亜流の、少々凭れる演奏に留まっているように思えます。これは演奏時間の長さにも表れているように思います。その次のレヴァインは、後のドレスデンでの録音とは異なり、全体を通して大変きびきびとした演奏で、まずまずの出来だと思えますが、しかし細部の詰めなどを、彼に対して期待するのは酷かも知れません。ただ、このディスクは聴く場所と方法如何ではとても心地よい音楽として聴こえてきます。その意味で、私にとっても意外なほどに大事な録音となっています。また、実際にそのような聴き方を多くする楽曲でもあるのです。
最後のショルティの演奏は私には最悪です。まず余裕がまったくありません。そして音がかなりキツイのですね。まったく落ち着いて最後まで聞きとおすことが試練になってしまいます。ただし、ショルティを評価するとしたら、彼はまさにそのように考えて、指揮をし、録音を残したのだと確信できる点に尽きると思います。したがって、このディスクを高く評価される方がおられることは理解できるつもりですが、私にとっては遺憾ですが不適応な音源だと言えるのです。
■ 連弾版2点
1.
デュオ・クロムランク
KING(国内盤 KICC102)ドヴォルザークがオーケストラ版を完成後に、連弾に編曲したものです。デュオ・クロムランクの演奏は、非常に緻密で全体の構成がしっかりとしています。美しい連弾を数多く残したデュオ・クロムランクですが、残念なことにその美しさは非常に思いつめた悲愴感の漂う美しさでもありました。そのためでしょうか、ほとんどのディスクは廃盤となっています。残念なことです。カップリングはスメタナの「モルダウ」の連弾版です。
2.
プラハ・ピアノ・デュオ
Praga(輸入盤 PRDDSD250189)プラハ・ピアノ・デュオの録音はデュオ・クロムランクのディスクと同じく、新世界とモルダウの2曲を収録しています。デュオ・クロムランクが世界初録音をした音源とは異なり、あくまでも連弾は家庭内で弾いて楽しむという側面が同居していることを痛感させられる、とてもアットホームな演奏になっています。したがって聴き手はとてもリラックスしてチェコの音楽に浸れるのです。録音は、私たちは結果としては聴くわけなのですが、聴き手の参加を促すような録音を残す演奏家と、あくまでも聴衆にきちんと聴かせる目的で録音を残す演奏家があることが、この2枚の連弾版ははっきりと物語っているように思います。そのために、あえてレアな連弾版を2枚も紹介した次第です。
(2007年11月29日記す)
(2007年12月19日、An die MusikクラシックCD試聴記)